top of page

【徹底解説】2026年「カスハラ・就活セクハラ」対策義務化の実務と本質ー精神障害の労災急増から読み解く企業防衛の最前線

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 33false10 GMT+0000 (Coordinated Universal Time)
  • 読了時間: 11分
カスハラ

現代の企業経営において、「ハラスメント」は単なる職場内の人間関係のトラブルという枠を超え、企業の存続を揺るがしかねない重大な経営リスクとなっています。近年、ハラスメントに起因する精神障害の労災認定件数は急増しており、メディアでも連日のように企業不祥事として報じられています。 

こうした社会情勢を背景に、政府は労働施策総合推進法等の法改正を行い、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント等の防止措置を事業主に義務付けてきました。そして、令和8年(2026年)10月1日には、かねてより社会問題化していた「カスタマーハラスメント(顧客等からの著しい迷惑行為)」および「求職者等に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)」の防止対策がいよいよ企業に義務化されます。  

本稿では、特定社会保険労務士としての専門的知見から、複雑化するハラスメント問題の現状を解き明かし、企業が直面する実務上の課題と、今後の動向を踏まえた抜本的な解決策を「3つの視点」で深く解説します。感情論を排し、法的な根拠と冷静な実務対応に基づく「毅然とした組織防衛」のあり方について、経営層の皆様に示唆を与える内容となれば幸いです。


1.【背景と法改正の系譜】なぜ今、法規制が強化されるのか?政府の狙いと社会の変容

ハラスメント労災の急増と司法の厳しい眼差し

企業が直面している最大のリスクは、ハラスメントに起因する精神障害による労働災害(労災)の急増です。厚生労働省の2024年度「過労死等の労災補償状況」によれば、セクシュアルハラスメントに起因する精神障害での支給決定件数は105件と、2014年度(27件)から約3.9倍に激増しています。パワーハラスメントにおいても、原因別の項目が新設された2020年度(99件)から224件へと約2.3倍に増加しており、カスタマーハラスメントに至っては2023年度(52件)から108件へとわずか1年で倍増しています。  

特筆すべきは、司法や労働基準監督署の認定基準が、これまでの企業の常識を超えて厳格化している点です。例えば、2025年12月の大阪地裁の判決では、出張先の飲み会の「3次会」という、一見すると公式行事ではない私的な場でのセクハラ行為に対しても、業務遂行性が認められ労災認定が下されました。この判決において裁判長は、支社長からの指示で出張行程に組み込まれており「誘いを拒絶することは事実上困難な状況にあった」と指摘しました。これは、企業側が「業務外の飲み会での出来事」と切り捨ててきた領域にも、事業主の責任が及ぶことを司法が明確に示した画期的な判断です。  


カスタマーハラスメントと就活セクハラが義務化される経緯

これまでの法整備では、自社の労働者間におけるパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントへの防止措置が中心でした。しかし、労働市場における人材の流動化やサービス産業の比重の高まりに伴い、「顧客等(第三者)」からの理不尽な要求や暴言、そして「雇用関係にない求職者」に対する優越的地位を利用したセクハラが深刻な社会問題として浮上しました。  

厚生労働省が実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間にカスタマーハラスメントの相談件数が「増加している」と回答した企業は23.2%に上り、「減少している」の11.4%を大きく上回っています。また、就職活動中の学生がOB・OG訪問やマッチングアプリを利用した際に被害に遭う「就活セクハラ」も後を絶ちません。  

これらの問題は、労働者の個人の尊厳を不当に傷つけるだけでなく、企業の生産性低下、人材流出、さらには企業ブランドの失墜という経営上の重大な損失を招きます。政府は、これらを単なる労働問題としてではなく、「人権尊重と経営の持続可能性に関わる問題」と捉え、2026年10月の労働施策総合推進法等の改正施行により、企業に対して毅然とした対応体制の整備を法的に義務付けるに至ったのです。  


2.【企業実務の最前線】2026年施行・対策義務化にどう立ち向かうか?具体的な措置と現場の葛藤

法改正により事業主に求められる具体的な措置と、現場で直面する実務上の課題について、カスタマーハラスメントと就活セクハラの2つの側面に分けて解説します。

1. カスタマーハラスメント対策の実務と「正当なクレーム」との線引き

定義と判断基準の難しさ

2026年10月より義務化されるカスタマーハラスメント対策において、最も実務家を悩ませるのがその「定義」です。指針において、カスタマーハラスメントは以下の3要素を全て満たすものとされています。  

  1. 顧客等からの言動であって、

  2. その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、

  3. 労働者の就業環境が害されるもの

問題となるのは、「社会通念上許容される範囲を超えたもの」という基準の曖昧さです。厚労省のQ&Aでは、都道府県労働局といった行政機関が、個別の言動がカスハラに該当するかどうかを判断してくれるわけではないと明記されています。つまり、企業は自らの責任において、事実関係を迅速かつ正確に確認し、該当性を判断しなければなりません。

商品やサービスに明らかな瑕疵がある場合の正当なクレームであっても、その要求の手段や態様が、長時間の拘束、大声での威圧、土下座の強要といった社会通念上不相当なものであれば、カスハラに該当します。企業は「顧客第一主義」という過去の呪縛から脱却し、理不尽な要求に対しては従業員を守るために組織として防波堤となる覚悟が求められます。  


録音・録画や出入り禁止措置の法的根拠と留意点

実務上の具体的な対処として、指針やQ&Aでは踏み込んだ対応が示されています。例えば、顧客等とのやり取りの録音・録画について、個人情報の保護に関する法律等を遵守し、例えば「サービス品質の向上や通話内容の確認のため」といった目的を伝えた上での録音や、「防犯カメラ作動中」と掲示した上での撮影は有効な手段とされています。また、特に悪質と考えられるカスタマーハラスメントに対しては、店舗や施設への出入り禁止を定め、実行することも認められています。ただし、出入り禁止措置は必須の法的義務ではなく、整備した体制の下で、あらかじめ定めた対処方針に基づき企業自らが判断して講じるべき措置と解釈されています 。これらの強硬手段を執るためには、現場の従業員任せにするのではなく、警察や法務部門、外部の専門家(弁護士・社労士等)と連携する体制を構築しておくことが不可欠です。  


2. 就活セクハラ(求職者等に対するセクシュアルハラスメント)の実務

リクルーター制度の落とし穴と企業の責任

就職活動中の学生等は、採用権限を持つ企業側に対して圧倒的に弱い立場にあります。改正法では、事業主に対して、求職者等に対するセクハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発することや、相談体制の整備が義務付けられます。  

企業実務として急務となるのが、人事部以外の一般社員が関与する「リクルーター制度」や「OB・OG訪問」のルール化です。先行企業の事例を見ると、住友生命では、就活ハラスメント対策としてリクルーターハンドブックを改定し、「OB・OG訪問用マッチングアプリへの登録禁止」や、連絡手段を会社のメールアドレス等に限定するなどの具体的なルールを策定しています。また、大林組では、学生との面談時に「精神的・身体的苦痛を与えるハラスメントを行いません」といった行動3カ条を記載したカードを提示・提供することを義務付けています。  


自社の労働者が「他社の労働者」へ行った場合の協力義務

今回の改正で注目すべきもう一つの点は、自社の労働者が、取引先等の他社の労働者に対してセクシュアルハラスメント等を行った場合、被害労働者を雇用する事業主からの事実確認等の協力要請に対して、応じるよう努める義務が新設されたことです。これは、サプライチェーン全体でハラスメントの連鎖を断ち切るための重要な法整備です。自社の従業員が「加害者」となった場合、自社の就業規則に基づき厳正な懲戒処分等を行うことが求められます。  


3.【今後の動向と経営課題の解決】「守り」から「攻め」の組織風土改革と専門家からの提言

ハラスメント対策の法規制は、企業に対して厳しいコンプライアンスの遵守を求めていますが、これを単なる「負担」や「法的義務の消化」と捉えるべきではありません。私は労働法務の専門家として、この義務化を契機に、企業が「感情的な対立」を排し、「冷静かつ毅然としたルールに基づく組織運営」へ移行することが、最大の企業防衛であり、ひいては成長戦略につながると考えます。


1. 経営トップのコミットメントと「毅然とした態度」

ハラスメント対策が形骸化する企業の共通点は、経営層の当事者意識の欠如です。現場の従業員は、悪質なクレームや理不尽な要求に対して「自分が我慢すれば丸く収まる」と考えがちです。しかし、この自己犠牲は結果として従業員のメンタルヘルス不調を招き、最悪の場合、企業に対する安全配慮義務違反での訴訟へと発展します。  

経営トップは、「顧客の理不尽な要求には毅然とした態度で応じる」「従業員を孤立させない」という明確なメッセージを発信しなければなりません。マニュアルにあるように、「我が社はハラスメントを見過ごさない」というトップメッセージは、従業員に対する最大の心理的安全性をもたらします。ビジネスの世界において、相手の理不尽な感情論に巻き込まれたら負けです。企業側は常に冷静に、法と社内ルールに基づいて論理的かつ毅然と対応する姿勢を貫くことが、結果として被害を最小限に抑え、企業の品格を守ることにつながります。  


2. 人事労務のデジタル化・自動化による「余白」の創出

ハラスメントが起きやすい職場の背景には、コミュニケーションの希薄化に加えて、長時間労働や慢性的な業務過多といった「余裕のない環境」が存在します。相談窓口を設置し、事実関係を迅速に調査し、当事者へのフォローアップを行うためには、人事労務部門に十分なリソースが必要です。  

私は日頃、Money Forward Cloud等のITクラウドソリューションを活用したバックオフィス業務の自動化を推奨していますが、給与計算や勤怠管理などの定型業務をデジタル化し、徹底的に効率化を図ることは、ハラスメント対策の文脈においても極めて重要です。なぜなら、システムによって削減された時間と人的リソースを、「従業員との対話」「社内研修の充実」「トラブル発生時の迅速な初動対応」といった、人間にしかできない高度な判断業務に振り向けることができるからです。アナログな事務作業に忙殺されている組織では、現場の小さな悲鳴を掬い上げることはできません。


3. 法令遵守を超えた「攻めの労務管理」へ

ハラスメント対策の徹底は、採用競争力の強化に直結します。特にZ世代をはじめとする若手求職者は、企業のコンプライアンス意識や労働環境の健全性を極めてシビアに見極めています。就活ハラスメント防止策を講じ、その方針を外部に透明性をもって開示している企業は、それ自体が優秀な人材を惹きつける強力なメッセージとなります。  

また、カスタマーハラスメントに対して「従業員を守る」スタンスを明確にすることは、従業員エンゲージメント(会社に対する帰属意識や貢献意欲)を劇的に向上させます。法改正に受動的に対応するのではなく、これを「働きやすい職場環境を構築し、生産性を向上させるための投資」と位置づける『攻めの労務管理』への転換こそが、今後の企業経営の要諦です。  


専門家とともに構築する盤石な組織体制

2026年の法改正に向け、就業規則の見直し、相談窓口の体制構築、マニュアルの策定、社内研修の実施など、企業が着手すべき実務は山積しています。しかし、これらを自社内だけで完璧に整備することは容易ではありません。特に、ハラスメント事案が発生した際の初動対応や事実認定において、一歩間違えれば二次被害を生み、企業責任を問われるリスクがあります 。  

だからこそ、外部の専門家の知見をフルに活用すべきです。我々社会保険労務士は、法的な根拠に基づくアドバイスはもちろんのこと、第三者的な視点から冷静に状況を分析し、企業が毅然とした対応を取るための論理的なサポートを提供します。感情に流されることなく、ルールと原則に基づく組織運営を行うことが、結果的に企業と従業員の双方を守る最強の盾となるのです。


【本件に関する実務相談・お問い合わせ】

今回の記事に関連する実務のご相談や顧問契約のお問い合わせなど、当事務所までお気軽にご相談ください。メディア関係者様からの解説依頼、取材も随時承っております。

坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応) マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠 代表 特定社会保険労務士 前田力也

水道橋オフィス 東京都千代田区神田三崎町2-17-5稲葉ビル203

国分寺オフィス 東京都国分寺市本町4-7-5サンプラビル2階【立川市・八王子市・国分寺市・武蔵野市など多摩エリア・中央線沿線対応】

お問い合わせ support@sakanouehr.com 電話03-6822-1777

メディア取材実績:週刊文春((株)文藝春秋)(【証拠ビデオ入手】東証上場企業・ライトアップが指南する厚労省助成金“不正受給”「おいしすぎる」「数千万円が自由に」)、TOKYO MX(堀潤 Live Junction」「医療保険制度改革で…負担増える逆転現象も」)、東京新聞『国保逃れ指摘「すでに把握しています」と言いつつ野放し 国や年金機構「脱法行為」是正がニブ過ぎるのは…』『維新だけではなかった「国保逃れ」 司法書士グループ企業でも「節約術」疑惑 厚労省「看過できない状況」』、『国保逃れ」に新たな手口 国の対策をすり抜ける「従業員型」とは…業者に接触した特定社労士が読み解く』、他

bottom of page