【緊急解説】令和8年12月施行「所得税等の基礎控除引上げ」実務への影響と対策~社労士が読み解く税制改正の真の狙いと3つの視点~
- 坂の上社労士事務所

- 5月29日
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令和8年5月29日、国税庁より「令和8年度税制改正(所得税の基礎控除の引上げ等関係)Q&A」が公表されました。本改正により、所得税の基礎控除の引上げ、給与所得控除の最低保障額の引上げ、及び扶養親族等の所得要件の改正が行われます。
これらは令和8年12月1日より施行されるため、本年の年末調整実務に直結する極めて重要な改正となります。企業の給与計算や労務管理を担う人事・総務担当者にとって、年度の途中で適用される税制改正への対応は、正確な知識と事前の準備が不可欠です。
本記事では、特定社会保険労務士の専門的な視点から、今回の税制改正の内容を「3つの視点」で分かりやすく要約し、法改正の背景や政府の狙い、そして企業が直面する実務上の課題とその解決策までを網羅的に解説いたします。
1.税制改正の全体像を読み解く「3つの視点」
今回の国税庁Q&Aから読み取れる令和8年度税制改正の要点を、人事労務の現場で重要となる3つの視点に分けて要約します。
①制度・法律の視点(何が、いつから変わるのか)
今回の改正の最大のポイントは、控除額と所得要件の引き上げが「令和8年12月1日」を境に施行され、令和8年分の所得税から適用される点です。具体的には、すべての納税者に影響する基礎控除が引き上げられ、あわせて給与所得控除の最低保障額が従来の65万円から74万円へと引き上げられます。これに伴い、扶養親族や同一生計配偶者等の要件となる合計所得金額の基準も緩和されることになります。令和9年1月1日からは、これらを反映した新しい「源泉徴収税額表」が適用され、毎月の給与計算における源泉徴収事務も変更となります。
②政府の狙いと今後の動向(なぜ今、改正が行われるのか)
この税制改正の背景には、昨今の物価高騰に対する生活支援や、賃上げの促進、そしてパートタイム労働者などが直面するいわゆる「年収の壁」問題への対応という、政府の強いメッセージが込められています。給与所得控除の最低保障額を引き上げ、扶養親族の所得要件を緩和することで、労働者が税負担を過度に気にすることなく、より長く、より多く働ける環境を整備する狙いがあります。今後も労働力不足が深刻化する日本において、税制や社会保険制度を通じた「就労促進」の動向はさらに加速していくことが予想されます。
③実務上の注意点と企業の課題解決(企業はどう対応すべきか)
企業の実務担当者にとって最大の課題は、「令和8年の年末調整」におけるイレギュラーな対応です。令和8年11月までの給与の源泉徴収事務に変更はありませんが 、12月の年末調整においては、引上げ後の基礎控除額と、改正後の「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」を用いて年税額を計算し、精算を行う必要があります。また、従業員から提出される「扶養控除等申告書」や「配偶者控除等申告書」の記載内容の確認、新たな基準に基づいた対象者の洗い出しなど、従業員への周知とシステム設定の見直しが急務となります。
2.改正内容と適用スケジュールの詳細解説
人事労務担当者が実務を遂行する上で、まず正確に把握すべきは「施行日と適用時期のズレ」です。国税庁のQ&Aでは、以下の通り明確に区分されています。
令和8年12月1日施行(令和8年分以後の所得税に適用)
以下の項目は、令和8年12月1日に施行され、令和8年分の年末調整から直ちに適用されます。
基礎控除の引上げ
給与所得控除の最低保障額の引上げ及びそれに伴う「年末調整等のための給与所得控除後の給与等の金額の表」の改正
扶養親族等の所得要件の改正
給与の収入金額が69万1,000円以上220万円未満の層に対する給与所得の金額算出についても、細かな階段状の新たな計算方法が示されており、例えば収入金額が74万1,000円以上219万1,000円未満の場合は「その収入金額-74万円」が給与所得の金額となります。
令和9年1月1日施行(令和9年分以後の源泉徴収等に適用)
以下の項目は、年明けの令和9年1月1日以後に支払うべき給与及び公的年金等について適用されます。
「源泉徴収税額表」の改正
公的年金等に係る源泉徴収税額の計算における基礎的控除額の引上げ
実務上、令和8年11月までの給与の源泉徴収事務に変更は生じないため 、12月の年末調整で一気に調整(精算)が行われることになります。本年分の毎月の徴収税額の合計額が年調年税額よりも多いときには、その差額(過納額)は過納となった人に還付されます。
3.令和8年分 年末調整に関する実務上の重要ポイント
今回の改正で最も混乱が予想されるのが、年末調整関係書類の扱いです。企業は以下の点に留意し、適切なオペレーションを構築する必要があります。
各種申告書の記載と確認のポイント
扶養控除等申告書
様式自体の記載事項に変更はありません。しかし、所得要件の緩和により、新たに扶養控除等の対象となる扶養親族等が発生する従業員が出てきます。対象となる親族を記載する際には、「異動月日及び事由」欄に「令和8年12月1日 改正」などと記載するよう従業員に指導する必要があります。
基礎控除申告書
改正後の基礎控除額を正しく記載する必要があります。
配偶者控除等申告書・特定親族特別控除申告書
給与所得控除の最低保障額が65万円から74万円に引き上げられたことを受け、配偶者や特定親族に給与所得がある場合は、この「改正後の給与所得控除額」を適用して合計所得金額を算出し、正しい控除額を記載しなければなりません。
年の中途での退職者・海外転勤者への対応
ここは特に人事担当者が陥りやすいポイントです。年末調整は原則として「その年最後に給与の支払をする際」に行われます。 したがって、令和8年中に死亡退職した人や、海外転勤等で非居住者となった人などで、最後に給与の支払を受けた日が「令和8年11月30日以前」である場合、その際に行う年末調整では改正後の新たな控除等は適用されません。このような方が改正後の控除等の恩恵を受けるためには、ご自身で確定申告等を行う必要があります。退職時や赴任時の案内において、この旨をしっかりとアナウンスすることが、後々のトラブルを防ぐ鍵となります。
4.公的年金受給者や確定申告への影響
企業の実務担当者にとっても、再雇用制度等で働きながら年金を受給しているシニア層の従業員からの質問に対応する上で、年金に関する改正内容を把握しておくことは有益です。
公的年金等に係る源泉徴収税額の精算
令和8年分の一定の公的年金等(確定給付企業年金法の規定に基づいて支給する年金等を除く)については、令和8年12月の年金支払時に、改正後の基礎的控除額を用いて計算した1年分の税額と、既に源泉徴収した税額との精算が実施されます。この精算により還付すべき金額が生じる場合は、原則として年金の支払者から還付されます。
しかし、所得要件の緩和により新たに扶養親族等の要件を満たすこととなった親族に係る扶養控除等を受けようとする場合、公的年金受給者は原則として「確定申告」をする必要があります。
確定申告が必要なケースの整理
Q&Aでは、以下のケースに該当する方は確定申告が必要(あるいは確定申告により還付が受けられる可能性がある)と整理されています。
令和8年11月30日以前に退職等により年末調整を受けた方
令和8年の中途で退職し、年末調整を受けていない方
公的年金受給者で、令和8年12月に支払がなく精算が行われなかったが、源泉徴収された税額がある方
公的年金受給者で、新たに扶養親族等の要件を満たすこととなった親族の控除等を受けようとする方
ただし、源泉徴収票の「源泉徴収税額」欄が「0」となっている場合など、そもそも源泉徴収税額がない場合は、確定申告をしても還付される税金はない点には注意が必要です。
5.企業が直ちに取り組むべき課題解決策
今回の税制改正は、単なる税率の変更ではなく、従業員それぞれの家庭の事情(配偶者や子供のパート・アルバイト収入など)に深く関わる制度変更です。特定社会保険労務士の視点から、企業が直ちに取り組むべき課題と解決策を提言します。
1.給与計算・年末調整システムのアップデートと検証
クラウド型の給与計算システム(マネーフォワードクラウド給与など)を導入している企業は、ベンダー側で自動的に法改正アップデートが行われるケースが大半ですが、「いつ」「どのタイミングで」令和8年12月施行の新しい計算ロジックが適用されるのか、リリースノートを確実に確認してください。一方、オンプレミス型や独自のシステムを使用している場合は、システム部門や開発会社との早急な改修協議が必要です。
2.従業員への早期周知とコミュニケーション
従業員の中には、「これまでは妻のパート収入が上限を超えていたから扶養に入れていなかったが、今回の改正で扶養控除の対象になるかもしれない」という方が確実に存在します。企業側から「税制改正により扶養要件が緩和されました。ご家族の収入状況を再度確認し、該当する場合は申告書の異動事由に『令和8年12月1日 改正』と記載して提出してください」というアナウンスを、遅くとも10月中旬には全社に向けて発信すべきです。従業員の不利益を防ぐことは、会社へのエンゲージメント向上にも直結します。
3.11月退職者へのきめ細かなフォロー
前述の通り、11月30日以前に最後に給与を受けた方には新基準が適用されません。自己都合退職であれ定年退職であれ、年末の最終月に在籍していないだけで税制上の恩恵を自動で受けられないというのは、従業員にとって不利益感が生じやすい部分です。「確定申告を行うことで改正後の控除が適用され、税金が還付される可能性があります」という案内文を退職書類に同封するなどの配慮が、労務リスクの低減に繋がります。
6.変化を先取りする労務管理へ
令和8年度の所得税の基礎控除等の引上げに関する税制改正は、政府の「働き控え解消」や「労働参加へのインセンティブ付与」というマクロな政策意図を具現化したものです。一方で、そのしわ寄せは全て企業の「年末調整実務」というミクロな現場に集約されます。国税システム自体の更改に伴い、令和8年8月以降には源泉徴収票を含む全ての法定調書の様式が変わるなど 、企業の実務担当者を取り巻く環境は激変しています。
複雑化する法改正や制度変更に対し、企業単独でキャッチアップし、社内体制を構築していくことは容易ではありません。最新のクラウドシステムの活用と、専門家である社会保険労務士の知見を掛け合わせることで、この大きな変化を「乗り越えるべき壁」ではなく、「社内業務をデジタル化し、より効率的な労務管理体制へとアップデートする絶好の機会」に変えることができます。
企業経営者並びに人事労務担当者の皆様におかれましては、本記事を契機として、いち早く令和8年末に向けた実務対応のロードマップを描かれることを強くお勧めいたします。
令和8年度税制改正(所得税の基礎控除の引上げ等関係)Q&A(国税庁)
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