労働者性をめぐる3つの重要動向:国内外の最新判例と実務上の注意点を社労士(社会保険労務士)が解説
- 坂の上社労士事務所

- 10月30日
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近年、フリーランスやギグワーカーといった働き方が多様化する中で、「労働者性」(労働基準法上の労働者に該当するか否か)の判断は、労務管理における最重要課題の一つとなっています。
契約書で「業務委託」と定めていても、実態が「雇用」であれば労働法規が全面的に適用されるため、この判断を誤ると、未払残業代や社会保険料の遡及適用など、企業にとって重大なリスクとなります。
『労働基準法における「労働者」に関する研究会 第4回資料』を分析すると、この「労働者性」の判断基準は、国内外で大きな転換期を迎えていることがわかります。今回は、実務上の観点から、3つの重要ポイントに絞って解説します。
1. 伝統的な攻防:「業務の性質」論と実質的な指揮監督
労働者性を判断する上で最も重要な要素は「指揮監督関係の有無」ですが、実務上、この解釈が最も割れるポイントです。
【現状の課題と対立】
企業側(労働者性否定)の典型的な主張は、「業務の性質上、当然に必要な指示」であり、指揮監督には当たらない、というものです 。
否定事例(業務の性質論)
横浜南労基署長(旭紙業)事件(最判平8.11.28)
トラック持込運転手に対し、運送物品、運送先、納入時刻を指定することは、「運送という業務の性質上当然に必要とされる指示」にすぎず、特段の指揮監督ではないと判断されました。
新国立劇場運営財団事件(東京地判平18.3.30)
オペラ歌手が指揮者や音楽監督の指示に従うことは、「オペラ公演というものが多人数の演奏・歌唱・演舞等により構築される集団的舞台芸術」という「業務の特性から必然的に生じるもの」とされました。
ソクハイ事件(東京地判平25.9.26)
メッセンジャー(配送員)に対し、手引書の作成、研修、待機場所の指示、合理的な順路での走行義務などを定めていた点について、多くが「受託業務の性質からの要請」または「即時性を尊ぶ配送業務の性質によるもの」として、指揮監督関係を弱める評価がなされました。
肯定事例(実質的な指揮監督)
新宿労基署長(映画撮影技師)事件(東京高判平14.7.11)
この判決は「業務の性質」論に対する重要な反論を示しています。一審は「映画製作の性質ないし特殊性による面が大きい」として労働者性を否定しました。しかし、控訴審はこれを覆し、「このような拘束について映画製作の性質ないし特殊性のみを強調することは相当ではなく」、これらの拘束も「映画を製作しようとする使用者の業務上の必要性からなされるもの」であると判断しました。
NOVA事件(名古屋高判令2.10.23)
英会話講師の校舎や時間帯の指定について、一部は「業務の性質上、個別の具体的なレッスンは当該校舎で定められた時間帯に行われる必要がある」としつつも、レッスンがない時間に清掃や販促業務に従事させていたことなどを踏まえ、全体として「純然たる業務の性質のみから導かれるものとはいえず」、指揮監督関係を肯定する一事情としました。
【実務上の注意点】
企業は「業務の性質」という言葉を安易に使いがちです。しかし、裁判所は、それが単なる「仕事の完成(成果物)」に対する必要な指定(注文者としての指示)なのか、それとも「仕事の遂行プロセス」に対する具体的な管理(使用者としての指揮)なのかを実質的に判断します。『新宿労基署長事件』のように、「業務の必要性」という理由が、そのまま「指揮監督ではない」という免罪符になるわけではない点に、最大の注意が必要です。
2. 新たな潮流:「アルゴリズムによる管理」と経済的従属性
働き方の変化、特にプラットフォーム・エコノミー(ギグワーク)の台頭により、「指揮監督」のあり方そのものが変化しています。
【状況の変化と新たなニーズ】
従来の「上司が部下に口頭で指示する」といった典型的な指揮監督に代わり、「システム(アプリ)がワーカーを管理する」というアルゴリズムによる管理が一般化しました。これに対し、裁判所は契約書上の文言だけでなく、実質的な「経済的従属性」や「組織への組み入れ」を重視する傾向を強めています。
国内の判断要素(兆候)
日本の裁判例でも、「報酬額及びその算定方法」が会社によって一方的に決定され、交渉の余地がなかったこと や、「事業にとって必要不可欠のものとして、労働力を自己の事業運営の中に機構的に組み入れていた」ことは、労働者性を肯定する重要な要素として繰り返し指摘されています。
これらはまさに、プラットフォーム企業がアプリを通じて一方的に報酬単価を決定し、ワーカーを自社のサービス提供体制に不可欠な労働力として組み込んでいる実態と一致します。
国際的な動向(事例)
ドイツ
2020年の連邦労働裁判決(クラウドワーカー事件)では、アプリによるインセンティブ(報酬)の仕組みがワーカーの行動を誘導している実態を「他人決定の労働」(指揮命令)であると評価し、労働者性を肯定しました。
イギリス
2021年の最高裁判決(Uber事件)では、契約書上は「独立請負人」とされていても、①Uberが報酬を一方的に決定している、②契約条件を一方的に定めている、③乗車拒否に対するペナルティ(アクセス制限等)がある、④Uberが乗客とのコミュニケーションを制限している、といった実態から、運転手は「労働者(Worker)」に該当すると判断しました。
フランス
2020年の破毀院判決(Uber事件)でも、GPSによる位置情報把握や行動の点数化(制裁)、固有の顧客保持の禁止、報酬の一方的決定などを理由に、「事業組織への組入れ」が認められるとして労働契約性を肯定しました。
【実務上の注意点】
「人」ではなく「システム」が管理しているから指揮監督ではない、という主張は通用しません。「業務の諾否の自由」があると形式上うたっていても、拒否すればアプリ上で不利益な扱い(仕事が表示されにくくなる、評価が下がるなど)を受ける場合、それは実質的に「諾否の自由がない」と評価されるリスクが極めて高いです。企業は、自社が運用するシステムやアプリが、ワーカーの行動をどの程度「管理」しているかを精査する必要があります。
3. 世界的な地殻変動:「第三の区分」と立証責任の転換-労働者か個人事業主か第3のカテゴリーか-
労働者か、個人事業主か。この二者択一の枠組み自体が、現代の就業形態に合わなくなりつつあります。この課題に対し、世界では新たな法的枠組みが模索されています。
【今後の展望と労使関係】
「第三の区分」の創設
イギリスでは、「被用者(Employee)」(フルタイム正社員など)と「独立請負人」の中間区分として、「労働者(Worker)」というカテゴリーを設けています。Workerは、解雇権などの強い保護はありませんが、最低賃金、労働時間規制、有給休暇といった基本的な権利が保障されます。前述のUber運転手もこの「Worker」に認定されました。
フランス やアメリカのカリフォルニア州(Prop22)でも、ギグワーカーを「独立請負人」と位置づけつつ、労災保険への加入義務や最低報酬保証など、部分的な保護を与えるハイブリッドな立法例が登場しています。
立証責任の転換
EUは2024年に「プラットフォーム労働指令」を採択しました。これは、プラットフォームが一定の管理・統制(報酬の上限設定、業務監視、服装の指定など)を行っている場合、そのワーカーを法的に「雇用関係にある」と推定するものです。労働者性を否定したい場合は、プラットフォーム側(企業)が「彼らは従業員ではない」ということを立証する責任を負います。これは、ワーカー側が「自分は労働者だ」と立証しなければならない現状(日本も同様)とは真逆の構造であり、企業実務に絶大な影響を与えます。
アメリカ(カリフォルニア州)の「ABCテスト」も同様に、「A、B、Cの3要件」すべてを企業側が証明できない限り、原則として「労働者(被用者)」とみなす厳しい基準です。
【企業が今すぐ取り組むべき実務上の注意点】
日本はまだ「労働者」か「それ以外」かの二者択一ですが、世界的な「保護強化」と「立証責任の転換」の流れは無視できません。企業が今すぐ取り組むべきは、契約の「実態」の再点検です。
契約書だけに頼らない
契約書の表題が「業務委託契約」であっても、実態が伴わなければ無意味です。むしろ、契約書内に「甲の指示に従う」といった文言や、就業規則を準用するような記載があれば、それ自体が労働者性を強く推認させる証拠となります。
「事業者性」の有無を厳格に評価する
労働者性を否定する最大の拠り所は、「事業者性」です。『横浜南労基署長(旭紙業)事件』で労働者性が否定された最大の理由は、運転手が自己所有のトラック(高価な生産手段)を持ち込み、ガソリン代や修理費(経費)を自ら負担し、「自己の危険と計算」で業務に従事していた点です。
「道具を自己負担」といっても、それが安価なハサミやペン程度では事業者性とはいえません。
報酬が「完全歩合制」であっても、それが実質的に「労働時間×単価」に連動していれば、「労務対償性」があると判断されます。
「拘束」の実態を把握する
「出退勤の自由」を認めていても、実態として「朝礼への参加が義務」、「特定の時間に待機場所(営業所)にいることが事実上必須」、「稼働日報やスケジュール表での管理が常態化」していれば、それは「時間的・場所的拘束」と評価されます。
フリーランスやギグワーカーの活用は、企業にとって柔軟な人材確保の手段ですが、その実態が「便利な従業員」のようになっていないか、上記3つのポイントに沿って、契約内容と運用実態の双方を直ちに精査することが求められます。
*ご参考:『労働基準法における「労働者」に関する研究会 第4回資料』厚生労働省
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