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令和7年版「過労死等防止対策白書」の深掘り分析:社労士(社会保険労務士)視点からの考察

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 1 日前
  • 読了時間: 6分

更新日:24 時間前

過労死

令和7年版白書は、過労死等防止対策推進法施行後10年間の軌跡と現状を示す重要な資料です。一定の成果は見られるものの、依然として深刻な課題が浮き彫りになっています。社労士(社会保険労務士)の視点から、特に注目すべき点を深掘りします。


1.過労死白書で注目すべき事例・傾向:メンタルヘルス不調の急増と多様化するリスク要因

白書が示す最も顕著な傾向は、精神障害による労災請求・認定件数の急増です。特に自殺(未遂含む)以外の事案が大幅に増加しており、平成22年度比で請求件数は約3.5倍 、認定件数は約4倍に達しています。

  • 女性・若年層の増加

    従来、過労死・過労自殺は中高年男性の問題と捉えられがちでしたが、精神障害事案では女性の請求・認定件数が近年男性を上回る水準となっています。年齢別に見ても、若年層(20代・30代)での認定件数が多くなっています。

  • 業種による偏在

    精神障害事案は「医療、福祉」(特に社会保険・社会福祉・介護事業)で突出して多く、近年さらに急増しています。脳・心臓疾患では依然として「運輸業、郵便業」(特に道路貨物運送業)が最多です。これらの重点業種は、それぞれの構造的な課題(人手不足、長時間労働、不規則勤務、対人ストレス等)を抱えています。

  • ハラスメント・対人関係問題の深刻化

    精神障害の要因となった出来事を見ると、「対人関係」(特に上司とのトラブル)や「パワーハラスメント」に関連する決定件数が近年急増しており、職場環境の問題がメンタルヘルス不調の大きな引き金となっていることが強く示唆されます。白書に掲載された外食産業の調査でも、職種によって「客からの苦情等」や「欠勤した他の従業員の埋め合わせ」といった対人関係のストレスが高いことが示されています。


2.企業に求められる対策:法令遵守を超えた、本質的な職場環境改善へ

白書の結果は、企業に対し、単なる法令遵守を超えた、より本質的かつ予防的な対策の必要性を示唆しています。

  • 労働時間管理の徹底と実効性確保

    1. 客観的な労働時間把握

      タイムカード、PCログ等による客観的な記録に基づき、隠れ残業やサービス残業を根絶する必要があります。テレワーク等多様な働き方においても適切な管理体制が不可欠です。

    2. 実効性のある時間外労働削減

      法定上限の遵守は最低限であり、36協定の適正化 や業務プロセス見直し、人員配置の適正化、DX推進による効率化等を通じて、実質的な労働時間短縮を目指すべきです。事例として、成友興業株式会社では、事務作業の分業化により技術者の残業時間を大幅に削減しました。

    3. 勤務間インターバル確保

      努力義務化にとどまらず、制度導入と確実な運用により、十分な休息時間を保障することが重要です。株式会社銚子丸では、営業時間短縮によりインターバル確保を推進しました。

  • メンタルヘルス・ハラスメント対策の強化

    1. 予防(一次予防)の重視

      ストレスチェックの全員実施義務化を見据え、早期から体制を整備するとともに、集団分析結果を職場環境改善に活かすことが重要です。

    2. 相談しやすい環境整備

      プライバシーに配慮した相談窓口の設置・周知はもちろん、相談したことによる不利益取扱いを禁止し、安心して相談できる文化を醸成する必要があります。HITO病院のチャット導入事例は、コミュニケーション活性化と心理的安全性向上に寄与した例として参考になります。

    3. ハラスメントの根絶

      経営トップの強いコミットメントの下、防止規程の整備・周知、研修の実施 、事後の迅速・適切な対応を徹底します。特に管理職への教育は不可欠です。カスタマーハラスメントについても、マニュアル整備や従業員保護の姿勢を明確にすることが求められます。

  • 多様な働き方への対応

    テレワーク、副業・兼業、フリーランスなど、多様化する働き方に合わせた労務管理、健康確保策、契約・取引上の配慮が必要です。

  • 商慣行・取引関係の見直し

    特に建設業や運輸業では、適正な工期設定や運賃収受、荷待ち時間の削減など、サプライチェーン全体での協力・改善が不可欠です。


3.ポイント:形式から実質へ - 「健康経営」の視点と職場風土改革

白書の分析から導き出される重要なポイントは、過労死等防止対策を形式的な法令遵守から、実質的な職場環境改善、すなわち「健康経営」の実践へと昇華させる必要性です。

  • 「量」から「質」へ

    単純な労働時間削減だけでなく、仕事の密度、裁量権、心理的安全性、人間関係の質といった「働き方の質」が、メンタルヘルスやエンゲージメントに大きく影響します。

  • 経営トップのコミットメント

    働き方改革や健康経営は、経営戦略の根幹として位置づけ、トップが強い意志を持って推進することが成功の鍵です。株式会社銚子丸の事例では、トップの「売上より休みを取る」という決断が改革を大きく前進させました。

  • 職場風土の改革

    「休めない・休ませない」「長時間労働が美徳」といった旧来の価値観を変革し、互いに配慮し、助け合い、健康的に働ける文化を醸成することが不可欠です。

  • データに基づいたPDCA

    労働時間、ストレスチェック結果、健康診断データ等を継続的に分析し、課題を特定、対策を講じ、効果を検証するPDCAサイクルを回すことが重要です。


4.今後の法制度への期待:実効性向上と新たなリスクへの対応

白書は、現行制度の成果と限界を示唆しており、今後の法制度には以下のような点が期待されます。

  • 既存制度の実効性強化

    1. 労働時間管理の厳格化

      サービス残業等を根絶するための、より実効性のある監視・指導体制の強化。

    2. 勤務間インターバル制度の義務化

      努力義務にとどまらず、EU諸国のように最低休息時間を法的に保障することの検討。

    3. ハラスメント対策の具体化・強化

      カスタマーハラスメント対策の義務化は一歩前進ですが、行為類型や防止措置の具体化、実効性のある救済・制裁措置の整備が望まれます。

  • 新たなリスクへの対応

    1. 多様な働き方の保護

      フリーランス保護新法の適切な運用に加え、ギグワーカーなど、雇用関係によらない働き手に対するセーフティネットの拡充。

    2. テクノロジーと労働

      AI等の導入に伴う新たなストレス要因や労働強化のリスクに対応するルールの整備、「つながらない権利」の法制化検討。

  • 業種特性に応じた規制・支援

    重点業種等における構造的な問題(多重下請け、商慣行等)の是正に向けた、より踏み込んだ規制や、業種の実態に即した支援策の強化。

  • 労災認定基準の見直し

    精神障害事案の増加や新たなストレス要因の出現を踏まえ、労災認定基準の継続的な見直しと、迅速・公正な認定プロセスの確立。


過労死等防止は、持続可能な社会・経済の実現に不可欠な要素です。

白書の分析を真摯に受け止め、企業、行政、そして社会全体が一層の努力を重ねることが求められています。


*ご参考:「令和7年版 過労死等防止対策白書」を公表します(厚生労働省)


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