【全論点・徹底解剖】労政審「労働条件分科会」が示す未来図。2026年以降の労働法制はこう変わる!企業実務への影響「13の大変化」
- 坂の上社労士事務所

- 3 日前
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更新日:1 日前

令和7年10月27日に開催された厚生労働省の労働政策審議会(労政審)労働条件分科会。この会議で示された資料と議論は、単なる法改正の兆しではなく、日本の「働き方」の未来を決定づける設計図そのものです。
今回は、この分科会の全資料を「誰が、何を、なぜ、どのように、いつ」という観点から徹底的に分析・統合し、今後数年で訪れる「13の法改正シナリオ」を、専門的かつ分かりやすく解説する完全版です。
これは、すべての経営者と労務担当者が今から備えるべき、未来の労務管理の「新しいルールブック」です。
第1部:労働者の「確実な休息」の確立へ【労働法改正】
最初の大きな柱は、従来の「時間規制」から一歩進み、「労働から確実に解放される時間(=休息)」を法的に担保しようとする強い意志です。
1.勤務間インターバル制度:努力義務から「義務化」へ
【What】何がどう変わるのか?
現状:終業から次の始業までに一定の休息時間を設けることは、労働時間等設定改善法上の「努力義務」に留まっています。
改正案:これを「義務化」する方向で議論が進んでいます。労働者側は健康確保の観点から「11時間」を強く求めており、EU指令もこの水準です。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側:「労働者の健康を確保し、日々働きがいをもって働き続けられるようにするため、必要十分な睡眠時間を含めた生活時間の確保が重要」とし、11時間の義務化を主張しています。
使用者側:「原則11時間というような画一的な規制には反対」としつつも 、企業の自主性を尊重した柔軟な制度(例:9時間から始める、代替措置を認める)を求めています。
国の狙い:導入率が5.7%(令和6年)と低迷している現状を打破し、抜本的な導入促進(義務化)を図る狙いがあります。
【How】実務への影響と対策
事例:厚労省資料では、宿泊業「蘭亭」(11時間確保のため翌日始業をずらす)、製造業「日の出屋製菓産業」(9時間、ルール遵守の対策を検討)、通信業「ソフトバンク」(10時間、勤怠システムでアラート)などが紹介されています。
実務影響:就業規則に「勤務間インターバル規定」の新設が必須となります。始業時刻を繰り下げた場合、そのカットされた時間を「みなし労働」として賃金を支払うか否か 、給与計算ルールの見直しも必要です。
注意すべき産業:調査で「9時間~10時間未満」が70.7%を占める宿泊・飲食サービス業は、シフトの全面的な再構築が急務です。建設業、運輸業、医療・福祉も、人手不足の中での対応が迫られます。
2.連続勤務の上限規制:「13日超」の連続勤務が法的に禁止へ
【What】何がどう変わるのか?
現状:4週4休の変形週休制と36協定による休日労働を組み合わせると、理論上最大48日間の連続勤務すら可能です。
改正案:精神障害の労災認定基準も踏まえ、「13日を超える連続勤務をさせてはならない」旨の規定を労働基準法に新設すべきと提言されています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側:「2週間以上の連続勤務」が労災認定の要素であることを重く見て、「罰則付きで規制することが必要」と強く主張しています。
使用者側:健康確保の観点では同意しつつも、「災害復旧」や「システムトラブル」など、やむを得ない突発事象に対応できるよう、柔軟な「例外措置」を設けるべきと反論しています。
【How】実務への影響と対策
実務影響:36協定で休日労働をさせた日も「勤務日」としてカウントし、連続13日を超えるシフトが組めなくなります。これまで4週4休制で「20日勤務+4連休」といったシフトを組んでいた現場は、根本的な見直しが必要です。
注意すべき産業:調査で「14日超」の連続勤務が突出して多い建設業(計6.8%)と宿泊・飲食サービス業(計8.0%)は、工期管理や人員配置に直撃します。
3.法定休日の事前特定:就業規則での「特定」が義務化へ
【What】何がどう変わるのか?
現状: 法定休日(週1回または4週4回)は、法律上「特定」までは求められておらず、通達で「具体的に定めるよう指導」するレベルに留まっています。
改正案: 法律上に「あらかじめ法定休日を特定すべきこと」が規定される見込みです。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
この論点は、労使の意見が珍しく一致しています。
労働者側:「労働者が休日の予定を前もって決めることができる」というワーク・ライフ・バランスの観点で重要としています。
使用者側:「法定休日を特定するルールを明確化することで、労務管理がしやすくなり、法律の履行遵守にもつながる」と賛同しています。
【How】実務への影響と対策
実務影響:就業規則に「休日は週1日」といった曖昧な規定は許されなくなり、「法定休日は毎週日曜日とする」といった特定が必須となります。
最大の焦点:シフト制勤務者について、「いつまでに特定すべきか」(例:1ヶ月前のシフト確定時)が実務上の最大の論点です。「直前の変更」がどこまで許容されるか、「休日の振替」の手続きと併せて、就業規則でより厳密に定める必要が出てきます。
注意すべき産業:小売業、飲食サービス業、医療・福祉など、シフト制勤務が中心の全産業が対象です。
第2部:「多様な働き手」の保護とルールの再定義【労働法改正】
テレワーク、フリーランス、副業といった「新しい働き方」の実態に、法律が追いつこうとしています。
4.「労働者性」の判断基準:フリーランス・ギグワーカーの保護強化へ
【What】何がどう変わるのか?
現状:労働基準法の保護対象となる「労働者」か否かは、昭和60年の判断基準に基づき、実態(指揮監督関係、拘束性など)で判断されます。
改正案:この判断基準が働き方の実態に合わなくなっており、専門の研究会で「新たな判断基準」が検討されています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側:「より多くの方が労働法の保護を享受できるように」基準を見直すべきと主張しています。
使用者側:柔軟な働き方を望むフリーランスのニーズと合致しているか疑問とし、安易な要件拡大に慎重です。保護が必要なら、「特定受託事業者法」や労災の「特別加入制度」の拡充で対応すべきとしています。
【How】実務への影響と対策
実務影響:「指揮監督」「時間的・場所的拘束」「報酬の労務対償性」などの判断がより厳格化されれば、現在「業務委託」として扱っているフリーランスが「労働者」と認定されるリスクが高まります。
リスク:労働者と認定された場合、企業は過去に遡って労働保険料、割増賃金、年次有給休暇などのコスト負担が新たに発生する「偽装請負」リスクに直面します。
注意すべき産業:運輸業(配送)、IT(SES契約)、建設業(一人親方)、メディア(ライター等)など、フリーランス活用が多い産業は、契約内容と業務実態の再点検が必須です。
5.「つながらない権利」:勤務時間外の連絡ルール策定が促進
【What】何がどう変わるのか?
現状:勤務時間外や休日の業務連絡(メール、チャット等)を規制する法律はありません。
改正案:法律で権利を定める(法制化)か、まずは「労使での話し合いを促進するための方策(ガイドラインの策定等)」を講じることが検討されています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側:テレワークの普及で仕事と生活の区別が曖昧になり、「いつ連絡があるか分からない状態では、労働者は本当に安心して労働から解放されることにならない」として、法制化も視野に入れるべきと主張しています。
使用者側:これは労働条件というより「働き方や指揮命令の問題」であり、労使協議マターではないと反論。まずは既存の「テレワークガイドライン」の周知徹底が先決としています。
【How】実務への影響と対策
実務影響:調査では「特段ルール等は整備しておらず、現場に任せている」企業が36.8%を占めます。今後は、就業規則や労使協定で「時間外連絡の原則禁止」「緊急時の定義」「顧客対応のルール」などを明文化することが求められます。
対策例:テレワークガイドラインにある「メール送付の抑制」や「システムへのアクセス制限」を具体的に導入することが有効です。
注意すべき産業:IT、専門技術サービス業など、顧客対応やプロジェクトの納期で時間外連絡が発生しがちな産業や、テレワーク導入企業はルールの整備が急務です。
6.「副業・兼業」のルール激変:割増賃金の通算廃止(健康管理は維持)へ
【What】何がどう変わるのか?
現状:副業・兼業先が異なる場合でも、労働時間は通算されます。例えばA社で6時間勤務後、B社で4時間働くと、B社での勤務のうち2時間分に割増賃金(1.25倍)を支払う義務があります。
改正案:研究会報告では「労働者の健康確保のための労働時間通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては、通算を要しない」よう、制度改正に取り組むと提言されています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
使用者側:現行ルールは、後から雇うB社の負担が重く、副業・兼業の普及を阻害しているため、廃止すべきと強く求めています。
労働者側:「長時間労働の是正に逆行する」、特に生活のために複数の非正規の仕事を掛け持ちせざるを得ない労働者の保護が失われるとして、断固反対しています。
【How】実務への影響と対策
実務影響:もし改正されれば、企業は副業・兼業者を格段に活用しやすくなります。上記の例では、B社は割増賃金の支払いが不要になります。
注意点:ただし、健康確保のための「労働時間の通算管理」自体は残るため、労働者からの申告に基づき、他社での労働時間を把握する仕組みは維持・強化する必要があります。
注意すべき産業:小売、飲食、IT(ギグワーク)など、短時間労働者を多く活用したい全産業にとって、極めて大きな規制緩和となります。
第3部:既存「労働時間制度」の抜本的再構築【労働法改正】
従来の「みなし労働」や「適用除外」のあり方も、現代の働き方に合わせて大きく見直されます。
7.「管理監督者」の定義明確化と健康確保措置の義務化
【What】何がどう変わるのか?
現状:労働時間規制の適用が除外される「管理監督者」の定義は通達レベルで曖昧であり、健康確保措置もありません。
改正案:「名ばかり管理職」問題に対処するため、(1)定義の明確化と(2)健康・福祉確保措置の義務化が議論されています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側:「不適切な運用が多く見られる」ため、制度趣旨に沿った定義を「法律で明確にすべき」 と主張しています。
使用者側:「スタッフ管理職」(部下なし)もいる現代において、法律での一律な定義は困難としつつ、もし定義するなら「スタッフ管理職もしっかりと書き込むことが大前提」としています。
健康確保:両者とも、管理監督者の過労死リスクを踏まえ、「健康・福祉確保措置を義務化する方向での検討」には概ね一致しています。
【How】実務への影響と対策
実務影響:
(1)もし定義が厳格化されれば、現在「管理職」として残業代を支払っていない従業員を一般労働者として扱わなければならず、人件費が激増するリスクがあります。
(2)健康確保措置が義務化されれば、たとえ残業代の支払いが不要でも、企業は管理監督者の「労働時間の状況」(PCログ、入退室記録など)を把握する義務を負うことになります。
注意すべき産業:「店長」「エリアマネージャー」を管理監督者として扱う小売業・飲食サービス業や、専門職を管理監督者とするIT・コンサルティング業は、定義の変更による影響を最も受けやすい産業です。
8.「裁量労働制」の対象業務拡大と運用の見直し
【What】何がどう変わるのか?
現状:2024年4月に本人同意の取得・同意撤回の手続きが追加されるなど、運用が厳格化されました。
改正案:使用者側から「対象業務の拡大」が強く求められています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
使用者側:現行の対象業務(専門業務型20業務、企画業務型)が厳格すぎて使いづらい と主張。「労使合意」を前提に、例えば「プロジェクト型業務」や「他社の事業に関する企画・立案」などを対象に追加できる仕組みを求めています。また、中小企業の実態として「非対象業務」を兼務していると適用できないため、この兼務要件の緩和も求めていま 。
労働者側:「長時間労働を助長しかねない」として、「安易な適用範囲の拡大や要件緩和を行うべきではない」と強く反発しています。2024年改正の適正運用の徹底が先決との立場です。
【How】実務への影響と対策
実務影響:これは労使の意見が真っ向から対立している最大の論点の一つです。もし使用者側の意見が通れば、より多くのホワイトカラー労働者が裁量労働制の対象となり、実労働時間ではなく「みなし時間」での管理に移行する可能性があります。
注意すべき産業: IT・コンサルティング・研究開発職(「プロジェクト型業務」の追加)や、中小企業全般(「兼務要件」の緩和)で、適用者が一気に増える可能性があります。
第4部:「労務管理の根幹」実務の大変更【労働法改正】
日々の労務管理の「当たり前」だった実務が、大きく変わろうとしています。
9.「年次有給休暇」のメス:出勤率要件廃止と実務ルールの整理
【What】何がどう変わるのか? 年次有給休暇(年休)の付与・運用に関して、複数の実務的な見直しが議論されています。
【How】どのように変わるのか?(主な論点)
出勤率8割要件の廃止?:労働者側は、年休付与の前提条件である「全労働日の8割以上出勤」という要件について、「日本に特異な制度」であり年休の趣旨(心身の疲労回復)に鑑みて「不要ではないか」と、廃止を求めています 。
年休中の賃金算定:現在認められている3つの算定方法のうち、時給制労働者などで不利益が生じうる①平均賃金、③標準報酬月額を避け、「原則として②(所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金)の手法をとる」方向で労使の意見が一致しています。
年5日の時季指定義務:年度途中に育休から復帰した労働者や、退職予定の労働者に対しても一律で「5日」の取得義務を課すのは不合理であるため、使用者側は「勤務可能日数に応じて按分した日数を義務の対象とすることを検討すべき」と主張しています。
時間単位年休の拡大:使用者側から、治療と仕事の両立支援などの観点で、現行の「年5日分まで」という上限を延長し、より柔軟に使えるようにすべきとの意見が出ています。
実務影響:「出勤率8割要件」がもし廃止されれば、年休制度の根幹が変わります。「賃金算定」の②への原則化と「5日指定義務の按分」は実態に即した見直しであり、導入の可能性が高いです。給与計算や勤怠管理のシステム改修・運用変更に備える必要があります。
10.「労使コミュニケーション」の抜本改革:過半数代表者の選出厳格化
【What】何がどう変わるのか?
現状:36協定や就業規則の意見聴取などに関わる「過半数代表者」(過半数労働組合がない場合)の選出方法は、施行規則で定められています。
改正案:代表者選出の「適正な手続き」を法律に格上げし、違反した協定の効力も見直されます。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側:使用者による不適切な介入を防ぐため、「適正な選出手続き」(投票、挙手など)を法律に規定し、「選出手続きに問題があった場合には当該協定は無効になることを法律で明確に定めるべき」 と強く主張しています。
使用者側:選出手続きへの「適切な関与」(例:投票の場の提供)は必要としつつ、代表者の意見集約まで「義務」化されることには懸念を示しています。
国の狙い:形骸化した労使協定を実質化するため、代表者の民主性と活動基盤を法的に強化する狙いがあります。
【How】実務への影響と対策
実務影響:今後、36協定を締結する際の「過半数代表者の選出プロセス」の民主性・透明性がこれまで以上に厳しく問われます。会社側が代表者を指名したり、信任プロセスを省略したりしている場合、その36協定自体が「無効」と判断されるリスクが飛躍的に高まります。選出時の投票用紙や議事録などの証拠保存が必須となります。
注意すべき産業:労働組合がない企業はすべて対象です。特に中小企業やスタートアップは、選出プロセスの抜本的な見直しが迫られます。
11.労働基準法「適用除外」の廃止:家事使用人と週44時間特例
【What】何がどう変わるのか?
長年、労働基準法の適用が除外・緩和されてきた2つの領域について、「適用除外を廃止」し、一般の労働者と同じルールを適用する方向で議論されています。
【How】どのように変わるのか?
家事使用人:現在、家事使用人(いわゆる家政婦など)には労働基準法が適用されません。しかし、働き方の実態が一般労働者と変わらないことや国際的動向から、「適用除外規定は廃止すべき時期に来ている」という点で労使の方向性は一致しています。
週44時間特例措置:常時10人未満の労働者を使用する商業、保健衛生業、接客娯楽業では、法定労働時間が週40時間ではなく「44時間」に緩和されています。この特例についても、導入から四半世紀が経過していることから、「特例を廃止するのに妥当な時期」として、廃止の方向で議論されています。
実務影響:
家事使用人:廃止自体は合意傾向ですが、使用者側は「どうやって私宅(個人の家)で安全衛生法を守るのか」「労災保険料の申告・納付の仕方」など、実務的な課題をクリアする必要があります。家事代行サービス、人材派遣業は仕組みの全面的な構築が必要です。
週44時間特例:廃止されると、該当する小規模事業者は「週40時間」が上限となります。実質的に労働時間が週4時間短縮されるか、4時間分の割増賃金が発生することになり、使用者側も「死活問題になる」と指摘。小規模な小売店、飲食店、美容室、クリニック(10人未満)は、人件費の増加、または営業時間の短縮を迫られる可能性があります。
第5部:「賃金・債権」を巡る企業リスクの変動【労働法改正】
最後に、企業のコストに直結する賃金ルールの変更点です。
12.「割増賃金率」の引上げ vs 深夜割増の適用除外
【What】何がどう変わるのか?
時間外労働の「割増賃金率」そのものについて、労使が真っ向から対立しています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側(引上げ要求):「国際的に見て日本の割増率は低い」とし、残業コストを新規採用コストより高く設定するため、割増率の引上げ(例:25%→30%など)を求めています。
使用者側(現状維持):2023年4月から中小企業にも適用された「月60時間超の50%割増」の効果検証が先であり、さらなる引上げは経営を圧迫し、基本給の賃上げの勢いを削ぐとして、強く反対しています。
使用者側(緩和提案):これとは別に、働き方の柔軟性を高めるため、フレックスタイム制や裁量労働制の適用者については、本人の自発的同意を条件に「深夜割増(25%)の適用を除外する」ことを検討すべきと主張しています。
労働者側(緩和反対):深夜労働は心身への影響が大きく、断固反対しています。
実務影響:割増率の「引上げ」と、深夜割増の「適用除外」という、全く逆方向の議論が同時に行われています。製造業、運輸業(深夜割増の動向)や、IT・専門職(フレックス、裁量労働制)は、特にこの議論の行方を注視する必要があります。
13.「賃金請求権の時効」:3年から「5年」へ延長か
【What】何がどう変わるのか?
現状:未払い賃金(残業代など)を請求できる「消滅時効」の期間は、2020年の改正により、本来「5年」とされつつも、「当分の間は3年」とする経過措置が取られています。
改正案:この「当分の間」の措置を終了し、速やかに「5年」に移行すべきかが議論されています。
【Who/Why】なぜ議論されているのか?
労働者側:経過措置を終了し、本来の「5年」にすべきと主張しています。
使用者側:3年から5年に延長されると、企業の「資料保存の負担」(タイムカードや賃金台帳など)が重くなり、未払いがあった場合の立証も困難になるとして、慎重な検討を求めています。
【How】実務への影響と対策
実務影響:もし時効が5年に延長されれば、労働者から未払い残業代を請求された際の企業の金銭的リスクが、3年分から5年分へと単純計算で1.6倍以上に膨れ上がります。
対策:「当分の間」とされている以上、いずれ5年に移行する可能性は高いです。企業は、労働時間記録(PCログ、タイムカード等)や賃金台帳を「5年間保存」する体制を、今のうちから整えておく必要があります。
注意すべき産業:建設業、運輸業、IT業、医療・福祉など、未払い残業代請求のリスクが高いとされる全産業は、コンプライアンス体制の再点検が不可欠です。
総論と展望:今、企業が備えるべきこと
今回網羅した「13の大変化」は、日本の労働法制が、従来の「時間規制」一辺倒から、「労働者の健康と休息の確実な確保」および「多様な働き方の実態に合わせた保護」という、2つの現代的課題へと、明確に舵を切ったことを示しています。
これらの多くは、2026年(令和8年)以降の通常国会で法案として提出される可能性があります。法改正を待ってから対応するのでは遅すぎます。
経営者・実務家として今すぐ取り組むべきは、以下の「3つの自己点検」です。
「休息」の実態把握
全従業員の「勤務間インターバル時間」と「連続勤務日数」の実態をデータで把握しているか?
「グレーゾーン」の点検
「管理監督者」の範囲は、裁判例に照らして妥当か?
「業務委託者」に対し、実質的な指揮命令を行っていないか?
「過半数代表者」の選出プロセスは、誰が見ても民主的かつ適正か?
「コスト・リスク」の試算
「週44時間特例」が廃止された場合、人件費はいくら増えるか?
「賃金時効」が5年になった場合、潜在的な未払い賃金リスクはいくらか?
これらの変化は、企業にとって「コスト増」や「規制強化」の側面だけでなく、「働きやすい職場」を実現し、人手不足時代に選ばれる企業になるための「経営戦略上のチャンス」でもあります。法改正の動向を先読みし、攻めの労務管理体制を構築することが、今後の企業経営の鍵を握ることは間違いありません。
ご参考:第204回労働政策審議会労働条件分科会(厚生労働省)
坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応)
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