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【社労士解説】加熱式たばこ受動喫煙リスク公表がもたらす企業労務の激変〜健康増進法5年見直しと企業の安全配慮義務〜

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 2 日前
  • 読了時間: 10分
受動喫煙リスク

2026年5月21日、厚生労働省は加熱式たばこに関する最新の研究結果を公表し、「加熱式たばこの使用によって空気中に有害物質が発生し、屋内の非喫煙者に対して受動喫煙につながる恐れがある」との見解を正式に示しました。2020年4月の改正健康増進法の全面施行から5年が経過した現在、加熱式たばこは国内のたばこ販売量の約46%(2025年4〜12月実績)を占めるまでに急成長しています。

今回の厚労省による発表は、これまで「紙巻きに比べて周囲への害が少ない」と目されてきた加熱式たばこに対する法的・実務的な免罪符を事実上取り消すものであり、日本全国の企業における労務管理、安全配慮義務のあり方を根底から揺るがす転換点となります。本稿では、人事労務の専門家である社会保険労務士の視点から、法改正の経緯、政府の狙い、今後の動向を紐解き、企業が直面する具体的なリスクと今すぐ講じるべき実務対応について、3つの視点から詳細に解説します。


1.加熱式たばこを巡る法規制の経緯と政府の狙い

①改正健康増進法の歩みと「経過措置」の背景

我が国における受動喫煙防止対策は、2020年4月に全面施行された「改正健康増進法」によって大きな一歩を踏み出しました。この法改正により、飲食店、ホテル、オフィス、旅客施設など、多数の者が利用する施設における屋内喫煙は原則として禁止され、専用の喫煙室(喫煙専用室)の設置が義務付けられることとなりました。

しかしながら、当時の法制化の過程において、加熱式たばこに関しては大きな議論が存在していました。当時、加熱式たばこは市場に登場してからの歴史が浅く、「科学的な知見や受動喫煙による健康影響へのデータが十分に蓄積されていない」という理由から、紙巻きたばことは異なる「経過措置」が設けられたのです。具体的には、紙巻きたばこの喫煙室では飲食を行うことが一切禁止されているのに対し、加熱式たばこに関しては「加熱式たばこ専用喫煙室」を設置すれば、室内での飲食やPC作業等の継続を認めるという破格の特例措置が導入されました。

この経過措置は、たばこ産業や飲食業界、そして急速に普及しつつあった加熱式たばこユーザーの利便性に配慮した解決策であったと言えます。結果として、多くの企業がこの経過措置を活用し、オフィス内に加熱式専用のスペースを設けたり、飲食可能な加熱式喫煙フロアを設置することで、非喫煙者との住み分けと喫煙者の満足度の双方を両立させようと努めてきました。


②2026年5月21日厚労省発表の衝撃とその内容

今回、厚生労働省の研究班(2025年までの15年間に発表された国内外の論文を網羅的に分析)が厚生科学審議会の専門委員会に提示した報告書は、この経過措置の根底を揺るがす決定的な内容でした。報告書の要点は以下の通りです。

  • 空気中への有害物質の放出: 加熱式たばこであっても、使用時に主流煙および呼気を通じて、空気中に明確に有害物質(ニコチン、揮発性有機化合物、微小粒子状物質など)が放出される。

  • 屋内受動喫煙の確実性: 屋内の密閉・準密閉空間においては、これらの有害物質が空気中に漂い、非喫煙者がそれを吸い込む「受動喫煙」が確実に発生している。

  • 健康被害への示唆: 呼吸器系や心血管系への具体的な症状との関連性が示唆されており、研究数が未だ少ないため確定的根拠(因果関係の証明)には至っていないものの、「健康への懸念がない」とは到底言えない。

審議会の専門委員会が、改正健康増進法の全面施行からちょうど5年となる2026年のこの時期にこの成果を公表したことには、極めて明確な意図があります。同法は「施行後5年を目途として、必要に応じて見直しを行う」旨が附則に規定されており、まさに今がその見直しの当該期にあたるためです。厚労省は本研究結果を大義名分として、年内にも加熱式たばこの規制強化に向けた明確な方向性を打ち出す方針を示しています。


③政府が描くロードマップと政策的な狙い 政府および厚生労働省が狙う最終的な着地点は、国際標準(WHOが提唱する「受動喫煙のない社会」)への完全な同調と、国民医療費の抑制に他なりません。日本の受動喫煙対策は、諸外国に比べて「喫煙室の設置を容認している点」や「飲食可能な加熱式専用室を認めている点」で依然として緩いと批判されてきました。

現在審議されているのは、加熱式たばこに与えられていた「飲食を伴う喫煙の経過措置」の段階的な撤廃、ならびに小規模飲食店に認められている喫煙特例の大幅な縮小・廃止です。政府は、販売量の46%を占めるまでに至った加熱式たばこを本腰を入れて規制しなければ、真の受動喫煙防止は達成できないと確信しており、法改正に向けた外堀は完全に埋まったと見るべきです。


2.3つの視点で読み解く「企業労務へのインパクト」

①安全配慮義務の範囲拡大と法的損害賠償リスクの顕在化

労働契約法第5条において、会社は「労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められています。これが「安全配慮義務」です。

今回の厚労省の発表によって最も恐ろしいのは、「加熱式たばこによる受動喫煙でも空気中に有害物質が飛散し、健康被害をもたらす恐れがある」という事実が政府の公式見解として確定したことです。これにより、今後万が一、職場で日常的に加熱式たばこの煙に曝露していた従業員が呼吸器疾患等を発症した場合、企業が「加熱式だから害はないと思っていた」「法律の経過措置の範囲内だった」という言い訳をすることは一切通用しなくなります。 国が公式にリスクを認めた以上、屋内での不完全な隔離を放置していた場合、企業には明確な「安全配慮義務違反」の過失が認められ、多額の損害賠償請求等の法的リスクを抱えることになります。


②経過措置撤廃を見据えた実務対応の煩雑化と設備・運用の「二重コスト」

現在、オフィス内に「加熱式たばこ専用喫煙室」を設置し、そこで一部の作業や打ち合わせ、飲食を認めている企業は少なくありません。しかし、厚労省が経過措置の撤廃へと舵を切れば、これらの施設はすべて「飲食不可・作業不可」の完全な喫煙専用室へと改修するか、撤去を余儀なくされます。

ここで懸念されるのが企業の「二重投資」です。法改正の正式な施行を待ってから動くのでは、工事業者の混雑や助成金申請の猶予不足に陥るリスクがあります。一方で現状放置すれば安全配慮義務違反リスクが高まります。社会保険労務士の観点からは、法制化のスケジュールから逆算し、今からオフィス環境の「完全分離(あるいは屋外化)」へ向けた計画を立て、就業規則を書き換える実務スケジュールを構築することが求められます。


③加熱式ユーザー46%時代の組織マネジメントと「隠れ不公平感」の解消

統計に示されている通り、加熱式たばこはすでに販売量の46%に達しています。紙巻きから加熱式へと移行した従業員の多くは、「周囲へ配慮している」という自負を持っています。そのため、会社が唐突に「加熱式も有害だから一律禁止」とトップダウンで発表すれば、モチベーション低下や会社への不信感へとつながりかねません。

同時に、非喫煙者の視点も極めて重要です。加熱式の煙は見えにくいため、非喫煙者からは「煙が見えない分不気味だ」「喫煙者が頻繁に加熱式室にこもって休憩しているのが許せない」といった、目に見えない不公平感が蓄積しやすい構造にあります。この社内分断を防ぐためには、単なる禁止令ではなく、双方の納得感を得られる「健康経営」のストーリー仕立てが不可欠です。就業規則における「休憩時間の定義」の見直しや、禁煙サポートの導入など、ソフトランディングを図る仕組みづくりが求められます。


3.企業が備えるべきロードマップ

①2026年内の動向:厚生科学審議会による「方向性の明示」

2026年後半にかけて、専門委員会は最終報告書を取りまとめる見込みです。ここで、加熱式たばこに関する経過措置の廃止時期が明文化される可能性が極めて高く、メディアの注目も最高潮に達するでしょう。

②2027年の動向:健康増進法改正案の通常国会提出と成立

審議会の報告書を受け、政府は2027年の通常国会に法案を提出する流れが確実視されます。可決成立した場合、通常は1年〜2年程度の周知期間が設けられますが、「有害物質の飛散」が立証された以上、企業に対しては施行前であっても、ガイドラインの形で前倒しでの対応が要求される可能性があります。

③2028年〜:改正法の全面施行と「完全分煙・屋内禁煙」の義務化

早ければ2028年〜2029年にかけて新たな法制度が施行されます。屋内に設置できるのは「いかなる作業もできない喫煙専用室」のみとなり、加熱式たばこも紙巻きと完全に同等の厳しい扱いを受けます。実質的なデッドラインはここになりますが、準備期間を考慮すると「今すぐ」の着手が不可欠です。


4.【実務対応ガイド】トラブルを防ぐ就業規則の見直しと環境整備の4ステップ

ステップ1:社内の喫煙実態把握とリスクアセスメントの実施

まずは従業員の「紙巻き」「加熱式」の利用比率を正確に把握するアンケートを実施します。同時に、現在の喫煙スペースの排気設備が、厚生労働省の定める技術的基準(向かい風気流0.2m/s以上等)を満たしているかを測定・評価します。会議室等の曖昧な空間での使用は直ちに運用を停止すべきです。


ステップ2:就業規則(衛生管理規定・喫煙規定)の全面改定

社内のルールを明確にするため、就業規則や附属規定の全面改定を行います。

【改定文言案のポイント】

  • 「喫煙」の定義に、加熱式たばこや電子たばこも明確に含めること。

  • 指定された「喫煙専用室」以外での喫煙を全面禁止とすること。

  • 喫煙専用室内でのPC作業や業務の継続を禁止すること。


ステップ3:喫煙休憩の労働時間管理と「不公平感」の解消

人事労務の実務上、最もトラブルになりやすいのが「喫煙離席」です。非喫煙者からの不満を防ぐため、以下のいずれかの運用を制度化します。

  • 所定休憩時間内のみ喫煙を認める方式:昼休みやあらかじめ決められた休憩時間以外は、一切の喫煙離席を禁止する。

  • 離席時間管理(ノーワーク・ノーペイ)方式:喫煙離席のたびに打刻させ、その時間を給与控除するか、別の時間で補填させる方式。


ステップ4:受動喫煙防止対策助成金の戦略的活用と環境改修

施設改修を伴う場合、中小企業を対象とした厚生労働省の「受動喫煙防止対策助成金」の活用を検討すべきです。一定の要件を満たすことで、喫煙専用室等の設置・改修工事費用の最大3分の2等が補助されます。専門家である社労士が介入することで、助成金の不支給リスクを排除し、スムーズな移行が可能となります。


ピンチをチャンスに変える「健康経営」への昇華と専門家の役割

今回の厚労省による発表は、一見すると企業にとって「新たな規制」「労務コストの増加」というピンチに見えるかもしれません。しかし、卓越した経営視点を持つ企業は、これを自社のブランド価値を高める「健康経営の絶好の好機」へと昇華させています。

採用市場において、「職場の受動喫煙対策の有無」は企業を選ぶための極めて重要な指標です。「加熱式たばこも含めて受動喫煙を完全に排除し、全従業員の健康を本気で守る会社」であることを宣言することは、採用ブランディングにおいて計り知れないアドバンテージとなります。

加熱式たばこ市場が46%に達した今だからこそ、法改正の波に流されて受動的に対応するのではなく、専門家である社会保険労務士と共に戦略的な労務管理を構築していくことが求められます。本件を契機に、すべての企業が「真に安心・安全で、従業員が輝ける職場環境」を実現されることを切に願っております。


【本件に関する実務相談・お問い合わせ】 今回の記事に関連する実務のご相談や顧問契約のお問い合わせなど、当事務所までお気軽にご相談ください。メディア関係者様からの解説依頼、取材も随時承っております。


坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応) マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠 代表 特定社会保険労務士 前田力也

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