top of page

【2027年4月施行】ストレスチェック制度の「集団分析の匿名化」が省令で明文化。法改正の背景と企業の実務対応、今後の人事戦略を徹底解説

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 7月8日
  • 読了時間: 10分
ストレスチェック制度

2026年(令和8年)6月30日、厚生労働省より労働安全衛生規則の一部を改正する省令(2026年厚生労働省令第112号)が公布されました。本改正省令は、翌年の2027年(令和9年)4月1日より施行されることが決定しています。  

今回の法改正において対象となるのは、企業における労働者の精神的な健康の保持増進を目的とした「ストレスチェック制度」の中でも、職場環境の改善を目的とした「集団分析」に関する規定です。

これまで、労働現場における精神的な負担を軽減し、働きやすい職場環境を構築することは、企業にとって重要な経営課題として認識されてきました。その中核を担うストレスチェック制度において、今回の法改正はどのような意味を持つのでしょうか。

本稿では、特定社会保険労務士の視点から、この法改正がもたらす法的な意味合い、企業の実務上の具体的な注意点、そして今後の企業経営における人事労務の展望について、3つの視点から深く掘り下げて解説します。報道関係者の方々にとっても、現代の労働問題や今後の法規制の動向を読み解くための重要な指針となる内容です。


1. 【3つの視点】改正の要点と実務への影響の要約

報道機関の皆様や企業経営者、人事担当者がまず押さえておくべき今回の省令改正の要点を、3つの視点で要約いたします。

①法制度の視点(解釈の「明文化」による基準の厳格化)

  • 労働安全衛生規則において事業者の努力義務とされているストレスチェック制度の「集団分析」について、新たに「特定の個人を識別することができない方法で実施すること」が規定されました。  

  • これは全く新しい規則が急に作られたわけではなく、集団分析については個々の労働者が特定できないことを前提とする「従来の解釈を明文化した趣旨」です。  

②実務運用の視点(運用方法の再確認と個人の秘密保護の徹底)

  • 個々の労働者が特定されるおそれのない方法の具体的な運用については、2015年(平成27年)4月15日に公示された「心理的な負担の程度を把握するための検査等指針」において示されているものを想定しています。  

  • そのため、従来からの適正な運用に変更を加えるものではありません。  

  • しかし、特定の個人が識別可能な方法により集団分析を行うことは、労働者の個人の秘密(私生活上の情報など)を保護する観点から許容されません。  

  • さらには、そのような不適切な方法で行われた集団分析は、本改正に基づく「集団分析の実施の努力義務を履行したことにならない」という強い行政の意思が明示されました。  

③経営戦略の視点(安心感の醸成と客観的な結果の担保)

  • 労働者の内面に関する秘密を法的に強く保護することで、労働者が企業からの不利益な取り扱いを恐れずに、ありのままの回答を行える環境(組織内の安心感)を担保する狙いがあります。これにより、ストレスチェック制度の集団分析結果の客観性と信頼性が向上し、真の職場環境改善に繋がることが期待されます。


2. 法律・制度改正の深い内容と改正の経緯

労働安全衛生規則第52条の14第1項において、事業者はストレスチェック制度を実施した医師等に対し、一定規模の集団ごとに結果を集計させ、その結果について分析させること(集団分析)が「努力義務」とされています。  

「指針」から「省令」への格上げが意味するもの

日本の法律体系において、労働安全衛生法という「法律」の下に、その詳細を定める「施行令(政令)」があり、さらに具体的な手続きや基準を定める「労働安全衛生規則(省令)」が存在します。その下に、行政の解釈や望ましい対応を示す「告示」や「指針」が位置しています。

これまでも、実務上は「個人が特定されないように集計する」ことが大原則とされてきました。なぜなら、ストレスチェック制度は労働者の極めて機微な精神的健康状態の情報を扱うものであり、結果が上司や会社に筒抜けになれば、人事評価への悪影響を恐れて正確な回答が得られなくなるためです。

しかし、これまでは旧来の省令の条文上に「特定の個人を識別できない方法」についての直接的な文言が不足しており、主に「指針」という一段低い規範での指導に留まっていました。一部の企業では、これを逆手に取り、または制度への無理解から、「少人数の部署でそのまま集計を行い、事実上誰が強い精神的な負担を抱えているか推測できてしまう状態」で集団分析を運用する事例が散見されていました。

なぜ今、明文化されたのか(政府の狙い)

昨今、職場内の嫌がらせ(いわゆる各種の嫌がらせ行為や権力濫用)の問題の複雑化、あるいは在宅勤務などの情報通信技術を活用した働き方の多様化により、職場の精神的な健康づくり対策の重要性はかつてなく高まっています。その中で、個人の秘密が守られないことによる労働者の不安は、深刻な社会課題となりつつありました。

今回の改正は、この曖昧な領域を完全に排除し、労働安全衛生規則という「省令」の段階において「特定の個人を識別することができない方法」を明確に書き込んだ点に最大の意義があります。政府(厚生労働省)の狙いは、企業側に対して個人の秘密保護の徹底を強く迫ることにあります。個人が特定されるような杜撰な集団分析は、法的な努力義務を果たしたとは認めないという、労働行政の極めて強い姿勢の表れと言えます。  


3. 企業の人事労務担当者が直面する課題と対策

2027年(令和9年)4月1日の施行に向けて、企業は現行のストレスチェック制度の運用体制を根本から点検する必要があります。特に以下の3つの実務上の要点に注意が必要です。  

①「10人未満の部署」の取り扱いの再徹底

厚生労働省が想定している2015年公示の既存の指針では、「原則として10人未満の集団については、全員の同意がない限り結果の提供を求めてはならない」とされています。今回の法改正で「特定の個人を識別することができない方法」が明文化された以上、10人未満の小規模な部署や班の単独での集団分析は、事実上の個人特定(いわゆる特定推測)の危険性が極めて高いため、より厳格に避けるべきです。  

【実務上の対策】

実務上の解決策としては、隣接する部署や、職務内容の近い班の数値を合算し、「10人以上の集団」として再定義した上で集計と分析を行う工夫が求められます。これにより、特定の個人を推測されるおそれを完全に排除しつつ、組織の傾向や精神的負担の要因を掴むことが可能になります。もし、どうしても10人未満の集団で分析を行いたい場合は、対象となる労働者全員の個別の同意を確実に取得する手順を、改めて社内規程に明記しなければなりません。

②実施事務従事者と人事部門の「情報の壁」の構築

集計を行う医師等の実施者や、それを補助する実施事務従事者は、制度の仕組み上、個人の結果を把握できる立場にあります。しかし、その結果を人事部門や経営陣、部門長に還元し、職場環境の改善に活用する際は、完全に個人が識別できない状態の集団全体の数値でなければなりません。

【実務上の対策】

中小企業においてよく見られるのが、企業内の人事担当者が実施事務従事者を兼任している事例です。この場合、情報の取り扱いに混同が生じやすくなります。「人事評価を行う担当者」と「ストレスチェック制度の情報を扱う担当者」を明確に分離し、誰がどの情報に触れることができるのか、明確な「情報の壁(遮断措置)」を構築することが急務です。物理的な書類の保管場所の分離や、電子情報の閲覧権限の厳格化など、目に見える形での安全管理措置が求められます。

③「努力義務」から実質的な「必須の条件」への意識改革

労働安全衛生規則の条文上、集団分析自体は依然として「努力義務」のままです。しかし、特定の個人が識別可能な方法で行った場合は「努力義務を履行したことにならない」と今回明確に宣言されました。  

これは、単に法的な形式の議論に留まりません。今後、国が支給する各種の雇用関係助成金の受給要件の審査や、万が一の労働災害(過労による精神疾患の罹患など)が発生した際の企業側の安全配慮義務違反の有無を問う裁判において、「適切な集団分析と職場環境改善を行っていたか」が、極めて重要な判断要素となります。不適切な方法で実施していた場合、企業側は「やるべき義務を怠っていた」とみなされ、巨額の損害賠償責任を負う危険性を含んでいます。


今後の動向と課題解決への見通し

今回の法改正は、単なる「規則の厳格化や罰則の強化」といった表面的なものに留まらず、日本の企業経営における「人材を最大の資本と捉える経営手法」の推進と深く連動しています。

従業員の精神的な不調を未然に防ぐ「第1次予防」の要となるのが、このストレスチェック制度における集団分析です。個人の秘密が法的に強く守られることで、従業員は安心して制度を利用し、企業側はより真実に近い組織の健康状態や労働負担の要因を客観的な数値として把握できるようになります。

注目する今後の論点

今後、悪質な労働環境を強いる企業の問題や、精神的な健康に関連する労働争議が社会の耳目を集める際、「集団分析を適切に、個人の特定を排除して実施し、その結果を真摯に職場改善に活かしていたか」という点が、企業の法令遵守の姿勢を測る大きな試金石となるでしょう。

また、専門家の視点から今後の法規制の動向を予測すると、現在の「従業員50人以上の事業場」という実施義務の基準が、より小規模な事業場へと拡大される議論や、集団分析自体が現在の「努力義務」から「完全な実施義務」へと段階的な引き上げが行われるための布石であるとも読み取れます。政府は着実に、企業の労働環境改善の網を狭め、そして強固にしようとしています。

企業が取るべき前向きな姿勢と今後の展望

企業経営者や人事担当者は、本改正を「面倒な事務手続きが増えるだけの規制強化」と捉えるべきではありません。組織内の安心感を高め、有望な人材の離職率を低下させ、一人ひとりの働きがいと生産性を向上させるための「組織改善の仕組みを正しく使うための確固たる基準」として前向きに活用するべきです。

客観的な結果に基づき、風通しの良い職場環境を構築することが、最終的には企業の持続的な成長、採用力の強化、そして人材の定着率の劇的な向上に直結します。

法改正の施行は2027年(令和9年)4月1日です。施行の直前になって慌てることのないよう、今から社内の運用規定を見直し、実施委託先の専門機関との契約内容の確認を行い、働く人すべてが安心して健康に働き続けられる職場環境の整備を進めていくことが、これからの次世代の企業経営に求められる絶対条件と言えるでしょう。  


ストレスチェック制度・メンタルヘルス対策(厚生労働省)


【本件に関する実務相談・お問い合わせ】

今回の記事に関連する実務のご相談や顧問契約のお問い合わせなど、当事務所までお気軽にご相談ください。メディア関係者様からの解説依頼、取材も随時承っております。


坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応)

マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠

代表 特定社会保険労務士 前田力也

水道橋オフィス 東京都千代田区神田三崎町2-17-5稲葉ビル203

国分寺オフィス 東京都国分寺市本町4-7-5サンプラビル2階【立川市・八王子市・国分寺市・武蔵野市など多摩エリア・中央線沿線対応】

お問い合わせ support@sakanouehr.com 電話03-6822-1777

メディア取材実績:週刊文春((株)文藝春秋)(【証拠ビデオ入手】東証上場企業・ライトアップが指南する厚労省助成金“不正受給”「おいしすぎる」「数千万円が自由に」、【全社員の4分の1近くがいなくなり…】「ウルトラマン」シリーズの円谷プロで退職者が続出していた)、TOKYO MX(堀潤 Live Junction」「医療保険制度改革で…負担増える逆転現象も」)、東京新聞『国保逃れ指摘「すでに把握しています」と言いつつ野放し 国や年金機構「脱法行為」是正がニブ過ぎるのは…』『維新だけではなかった「国保逃れ」 司法書士グループ企業でも「節約術」疑惑 厚労省「看過できない状況」』、『国保逃れ」に新たな手口 国の対策をすり抜ける「従業員型」とは…業者に接触した特定社労士が読み解く』、週刊SPA!『稼ぎながら健康になれ 50代からのガテン系仕事』、他

bottom of page