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【令和8年度税制改正】賃上げ促進税制の「終焉」と新基準。企業が直面する人事戦略の抜本的変革と生存戦略

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 24 時間前
  • 読了時間: 7分
賃上げ促進税制

令和8年(2026年)5月27日に国税庁より公表された「令和8年度法人税関係法令の改正の概要」において、今後の日本企業の経営戦略、とりわけ人事労務のあり方に最も重大な影響を与えるのが「賃上げ促進税制の見直し」です。  

これまで政府は、企業に対する強力なインセンティブとして本税制を推進し、日本全体のベースアップを牽引してきました。しかし今回の改正内容は、賃上げを「税制優遇で促す特例的なフェーズ」から「企業が自立して行うべき大前提」へと移行させる、極めてドラスティックな方針転換を示しています。

本稿では、労働法制と企業経営の実務に精通する特定社会保険労務士の視点から、この制度改正が意味する「政府の真の狙い」と、企業が直面する課題、そして今後の生存戦略について、3つの視点で徹底的に解読します。


1.制度改正の核心――特例の縮小と完全廃止へのカウントダウン

今回の法改正では、企業の規模に応じて適用要件が細分化され、かつ厳格化されました 。その全容を正確に把握することが、今後の財務・人事戦略の第一歩となります。  

大企業向け措置の廃止と中堅企業への要件見直し

まず、最も大きな転換点として、全法人(いわゆる大企業)向けの措置は、令和8年3月31日をもって廃止されました。また、常時使用する従業員の数が2,000人以下である中堅企業向けの措置については、令和8年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する事業年度の適用要件について見直しが行われました。これに伴い、中堅企業向けの教育訓練費に係る上乗せ措置は廃止されています。  

中小企業向け措置の維持と「上乗せ」の再編

一方、中小企業向けの措置については、現行制度の基本骨格が維持されています。雇用者給与等支給増加割合が+1.5%以上で15%、+2.5%以上で30%という税額控除率は変わりません。しかし、中小企業においても「教育訓練費に係る上乗せ措置(+5%または10%)」は廃止されました。その一方で、「子育てとの両立支援等に積極的な企業への上乗せ措置(+5%)」は維持されるという、支援の明確な選別が行われています。  

令和9年3月末での「完全廃止」という衝撃

そして実務上最も警戒すべきは、本制度そのものの存続期間です。令和8年度税制改正の大綱では、適用期限である令和9年3月31日の到来をもって、制度自体が廃止されることが明確に示されています。これらの改正は、令和8年4月1日以後に開始する事業年度分の法人税について適用されます。


2.改正の経緯と「政府の真の狙い」――人的資本投資の本質化

なぜ、政府はこれまで強力に推し進めてきた賃上げ税制を縮小し、廃止へと舵を切ったのでしょうか。そこには、日本経済を次のステージへ引き上げようとする明確な意図が存在します。

「補助金頼みの賃上げ」からの脱却

大企業向けの廃止や、制度全体の期限切れ廃止方針が示すものは、「賃上げは、もはや税制上の恩恵を得るための施策ではなく、労働市場で人材を獲得・定着させるための『市場原理における最低条件』である」という強いメッセージです。慢性的な人手不足と物価高騰が続く中、自社の収益力でベースアップを実現できない企業は、市場から退出を余儀なくされるという厳しい資本主義の原則に立ち返ったと言えます。

人的資本投資は特例ではなく必須業務へ

教育訓練費に係る上乗せ措置が廃止された点にも、深い意図が読み取れます。これは、政府が従業員教育を軽視し始めたわけではありません。「リスキリングや人材育成は、税金が安くなるから行うものではなく、企業の生産性を向上させ、持続的な成長を遂げるために、企業自身が自発的かつ戦略的に投資すべきコア業務である」というフェーズへの移行を意味しています。一方で、子育て支援の上乗せが維持されたのは 、少子化対策という国家的課題に対しては、引き続き企業の積極的な関与を求めていることの表れです。  


3.実務上の注意点と今後の動向――複雑化する労働法制との交差点

賃上げを単なる「給与計算上のパーセンテージ操作」と捉えていると、企業は思わぬ労使トラブルや組織の機能不全を招きます。賃上げ促進税制の要件(+1.5%や+2.5%など)を満たすための給与改定は 、現在の複雑な労働法制と密接に絡み合っています。  

限界を迎える労働時間の壁と、パートタイム労働者の賃上げ設計

例えば、中小企業において給与支給増加要件を満たすために賃上げを実行する際、最も慎重な設計が求められるのがパートタイム・有期雇用労働者の処遇です。

実務の現場において、社会保険の加入義務が生じる従来の「1.060,000円の壁」は、度重なる最低賃金の大幅な引き上げにより、すでに機能的に廃止されたも同然の状態となっています。さらに、所得税の基礎控除等の見直しにより、現在の実務上の真の焦点は「1.780,000円の壁」へと移行しています。

企業が税制優遇を受けるために一律の時給アップを強行した結果、従業員がこれらの制度の境界線に衝突し、手取り額の減少を恐れて就業調整(労働時間の短縮)に走ってしまえば、現場の人手不足はかえって深刻化します。経営陣には、給与計算の総額だけでなく、個々の従業員の「手取り額の最大化」と「労働時間の確保」を両立させる、極めて精密なシミュレーションと労働条件の再定義が求められます。

クラウドシステムを活用した「データドリブンな人事戦略」への移行

税額控除という一時的なインセンティブが消失する今後、賃上げの原資を生続み出すのは「労働生産性の劇的な向上」以外にありません。

そのためには、従業員ファーストの理念に基づき、業務の摩擦を極限まで減らす必要があります。旧態依然とした紙や表計算ソフトによる労務管理から脱却し、マネーフォワードクラウドのような統合型SaaSをフル活用してバックオフィス業務を徹底的に自動化することが急務です。システムに蓄積された正確な労働時間と給与データを分析し、「誰の、どの業務の生産性が向上したから、いくら賃上げをするのか」という、客観的で納得性の高い評価制度を構築することが不可欠となります。


経営者の覚悟が問われる新たな時代へ

令和8年度の法人税関係法令の改正は、日本企業に対して「甘えの排除」と「真の自立」という道筋を提示しました。賃上げや人的資本への投資は、もはや国からご褒美をもらって行うものではなく、自社の存続をかけた必須要件です。

「税金が安くなるから給料を上げる」という受動的な姿勢の企業と、「自社のビジョンを実現し、優秀な人材を惹きつけるために独自の報酬体系と自動化された業務フローを築く」という能動的な企業。賃上げ促進税制の廃止は、この両者のコントラストをかつてないほど鮮明にするでしょう。

経営陣には、法制度の変遷を先読みし、感情論を排した冷静なデータ分析に基づき、果断に制度改革を実行する「真の経営力」が問われています。私たち社会保険労務士もまた、単なる手続き代行ではなく、企業の存続と成長を賭けた高度なビジネスパートナーとして、毅然とした態度でその重責に応えていく覚悟が必要です。


令和8年度法人税関係法令の改正の概要(国税庁)


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