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【令和8年版過労死等防止対策白書から読み解く】精神障害の労災急増と令和8年10月カスハラ対策義務化に向けて企業が取るべき3つの実務対応と今後の展望

執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
坂の上社労士事務所
9 時間前
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過労死

厚生労働省より、我が国の過労死等の現状と政府の防止施策をまとめた「令和8年版 過労死等防止対策白書」が公表されました。本白書は、近年の関係法令の改正や社会情勢の変化に伴う労働環境の変容と、それによって生じている新たな課題を浮き彫りにしています。 全体的な傾向として、労働時間そのものは緩やかに減少している一方で、精神障害を原因とする労災請求件数は依然として著しい増加傾向にあり、過去最多を更新する事態となっています。これは、企業の労務管理において「単なる労働時間の削減」から「人間関係を含めた職場環境の抜本的な改善」へと取り組むべき課題が大きく移行していることを明確に示しています。 本記事では、特定社会保険労務士の専門的な視点から、今回の白書の膨大なデータと最新の法改正動向を分析・解析し、経営者や人事労務担当者の皆様が今すぐ知っておくべき重要なポイントを3つの視点でわかりやすく要約しました。法改正の経緯から政府の狙い、今後の動向、そして実務上の具体的な課題解決策まで、今後の企業経営の見通しを立てるための羅針盤となるよう詳細に解説いたします。   


1.労働時間管理の現在地と「勤務間インターバル制度」導入の急務

白書のデータによれば、令和7年の労働者1人当たりの年間総実労働時間は1,621時間となり、前年と比較して22時間の減少となりました。また、長年の課題であった年次有給休暇の取得率も66.9パーセントに達し、10年連続で増加傾向を示しています。さらに、過労死リスクの指標となる「週60時間以上の長時間労働」を行う雇用者の割合も4.2パーセントへと減少しています。これらの数値は、時間外労働の上限規制をはじめとする法整備と、各企業における業務効率化の地道な努力が確実に実を結びつつあることを証明しています。

しかしながら、業種別に見ると「運輸業、郵便業」や「建設業」などは依然として調査産業全体の平均を上回る長時間の労働実態があり、業種間の格差が課題となっています。また、過重労働対策の新たなステージとして政府が推進している「勤務間インターバル制度」については、導入企業の割合が6.9パーセントにとどまっており、普及が進んでいない現状が明らかになりました。政府は「過労死等の防止のための対策に関する大綱」において、令和10年までに導入企業割合を15パーセント以上とする目標を掲げていますが、その達成には高いハードルがあります。未導入の理由として「超過勤務の機会が少ない」とする回答が多い一方で、「制度を知らなかった」と回答する企業も約20パーセント存在し、制度自体の認知度不足も要因となっています。

政府の狙いは、労働時間の総量規制だけでなく、労働者の終業時刻から次の始業時刻までの間に一定の休息時間を確保し、日々の睡眠時間や生活時間を保障することにあります。実務上の注意点として、企業はまず自社の労働者の出退勤時刻の実態を客観的な記録に基づき正確に把握することが求められます。その上で、労使間での協議を通じて、導入が容易な部署や職種から段階的にインターバル時間を設定する就業規則の改定を行うことが効果的です。また、制度導入に伴う就業規則の変更や労務管理機器の導入については「働き方改革推進支援助成金」を活用することが可能であり、こうした支援制度をうまく利用しながら、持続可能な労働環境を構築することが今後の人材定着において極めて重要となります。   


2.精神障害の労災急増と令和8年10月「カスハラ対策義務化」への実務対応

今回の白書で最も警戒すべきデータは、精神障害に関する労災事案の急増です。令和7年度の精神障害に係る労災請求件数は4,958件に上り、前年度から1,178件も大幅に増加しました。また、業務災害として支給決定された件数も1,082件となり、過去最多を記録しています。男女別の傾向を見ると、精神障害の労災請求件数は男女ともに増加傾向にありますが、近年は女性が男性を上回る水準となっています。年齢階層別に見ると、支給決定件数においては20代から40代の働き盛りの層で多く発生しており、企業にとって深刻な労働力損失となっています。 精神障害の発病に関与した具体的な出来事を分析すると、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」とする割合が全体で最も高く、依然として社内の人間関係が大きなストレス要因となっていることがわかります。 そして、新たに深刻な社会問題として浮上しているのが、顧客や取引先からの著しい迷惑行為、いわゆるカスタマーハラスメント(カスハラ)です。白書の就業者調査によれば、ハラスメントの経験として5.7パーセントの労働者がカスタマーハラスメントを受けたと回答しており、職種別では「サービス職業従事者」や「販売従事者」で高い割合を示しています。詳細な分析によれば、労災認定されたカスハラ事案の多くは暴行・脅迫や暴言・嫌がらせであり、心理的負荷が「強」と評価される深刻な被害が確認されています。

この危機的な現状を受け、政府は労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等を改正し、令和8年10月1日より事業主に対してカスタマーハラスメント防止のための雇用管理上の必要な措置を新たに義務付けることを決定しました。この法改正の背景には、従業員を理不尽な要求や悪質なクレームから守ることが、企業が果たすべき安全配慮義務の中核であるという認識の広まりがあります。

実務上の注意点として、企業は令和8年10月の施行日までに具体的な体制を整備しなければなりません。具体的には、カスハラに対する企業の基本方針の策定と社内外への周知、対応マニュアルの作成、従業員からの相談窓口の設置と適切な運用体制の構築などが求められます。特に、「会社組織として毅然とした態度で不当な要求を断り、従業員を守る」という姿勢をトップから発信することが不可欠です。ハラスメント対策を後回しにすることは、従業員のメンタルヘルス不調による労災発生リスクを高めるだけでなく、企業の社会的信用の失墜や、深刻な人材流出に直結するため、最優先の経営課題として取り組む必要があります。   


3.小規模事業場へのストレスチェック義務化と包括的なメンタルヘルス対策の展望

白書に掲載された労働安全衛生調査によると、現在の仕事や職業生活に関することで「強い不安、悩み、ストレスを感じている」と回答した労働者の割合は67.5パーセントに達しており、極めて高い水準にあります。ストレスの主な内容を見ると、「仕事の量」と「仕事の失敗、責任の発生等」が上位を占め、次いで「対人関係」となっており、業務負荷と人間関係の双方が労働者の心身を削っている実態が示されています。

こうした事態を改善するため、政府は労働安全衛生法を改正し、メンタルヘルス不調の未然防止策を強化しました。具体的には、これまで労働者数50人以上の事業場にのみ義務付けられていた「ストレスチェック制度」を、令和10年4月1日より50人未満の全ての事業場にも義務化することとしました。現状、メンタルヘルス対策に取り組んでいる事業所の割合は全体で63.0パーセントにとどまっており、特に10人から29人の事業所では54.6パーセントと、小規模事業場における対策の遅れが浮き彫りになっています。 今後の企業の動向と課題解決の見通しとして、中小企業は単に法律で義務付けられたからといって形式的にストレスチェックを実施するだけでは不十分です。実施結果を集団ごとに分析し、特定の部署における業務の偏りやコミュニケーション不足といった課題を抽出し、職場環境の具体的な改善につなげるPDCAサイクルを回すことが求められます。また、メンタルヘルス不調の未然防止(一次予防)から、不調者の早期発見・適切な対応(二次予防)、そして休職した労働者の円滑な職場復帰支援(三次予防)までの一貫した体制整備が不可欠です。

社内に産業医や専門の保健スタッフを配置することが難しい中小・小規模企業においては、国が各都道府県に設置している「地域産業保健センター」などの公的な外部資源を積極的に活用し、医師による面接指導等の支援を受けることが実務上のポイントとなります。また、管理職向けのラインケア研修を実施し、部下の異変にいち早く気づき、適切な相談機関へつなぐスキルを組織全体で向上させることが、結果的に生産性の低下を防ぐ有効な投資となります。  

 

法令遵守から「選ばれる企業」への変革を目指して

令和8年版の過労死等防止対策白書が示すデータと分析は、労働時間の削減という定量的な成果が見え始めた一方で、職場の人間関係やハラスメント、顧客対応による精神的負荷という、より複雑で見えにくい定性的な課題が顕在化していることを明確に示しています。

労働関係法令の改正が相次ぐ中、これからの企業に求められるのは、罰則を逃れるための受け身の法令遵守ではありません。従業員の心身の健康と安全を経営の最重要基盤と捉え、働きやすく、心理的安全性に満ちた職場環境を自ら積極的に構築していく実践です。

企業は既に労働施策総合推進法に基づきパワーハラスメント等の防止措置が義務付けられていますが、令和8年10月のカスタマーハラスメント対策の義務化や、令和10年の全事業場へのストレスチェック義務化を見据え、先手で実効性のある対策を講じることが、労働市場における採用競争力を高め、これからの時代における「選ばれる企業」となるための絶対条件となるでしょう。   


「令和8年版 過労死等防止対策白書」を公表します(厚生労働省)


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