【社労士解説】2026年、日本の小規模事業場に激震。ストレスチェック義務化が迫る「人的資本経営」の新潮流
- 坂の上社労士事務所

- 3月27日
- 読了時間: 5分

厚生労働省は2026年3月、労働者数50人未満の事業場(以下「小規模事業場」)に向けた「ストレスチェック制度実施マニュアル」の概要版および改正周知リーフレットを公表しました。これは、2025年(令和7年)5月に公布された「改正労働安全衛生法」に基づき、これまで努力義務とされていた小規模事業場におけるストレスチェックの実施が、いよいよ完全義務化されることを受けたものです。
少子高齢化に伴う深刻な人手不足が続く中、社員一人ひとりの「心の健康」を守ることは、単なる法令遵守を超えた「企業の生存戦略」そのものとなりました。本稿では、特定社会保険労務士の視点から、今回の改正が日本の中小企業にどのようなインパクトを与えるのか、そして企業が注目すべき「実務の急所」を3つの視点で徹底解説します。
1.制度の「構造転換」と政府の真の狙い
1-1「努力義務」から「完全義務化」への変遷
ストレスチェック制度は、2015年(平成27年)の労働安全衛生法改正によりスタートしました。当初、50人以上の事業場には義務が課されましたが、リソースの限られた小規模事業場については、当面の間「努力義務」として猶予されてきました。
しかし、近年、精神障害による労災支給決定件数は増加傾向にあり、小規模事業場においても深刻な事態が多発しています。政府は「事業場規模に関わらずメンタルヘルス対策は喫緊の課題」と判断し、2025年5月14日、ついに義務化に踏み切りました。施行日は公布日から3年以内(2028年5月まで)に政令で定められる予定です。
1-2なぜ「一次予防」が強調されるのか
メンタルヘルス対策には、以下の3つの段階があります。
一次予防:ストレスへの気づきや職場環境改善による「未然防止」
二次予防:不調の「早期発見・早期対応」
三次予防:不調者の「職場復帰支援」
政府が本制度の主目的とするのは、あくまでも一次予防です。精神疾患の発見(二次予防)ではなく、労働者自身がストレスに気づき「セルフケア」を行うこと、そして会社が「職場環境の改善」に取り組むことで、不調を未然に防ぐサイクルを構築することに主眼が置かれています。
2.小規模事業場が直面する「実務上の3つの関門」
小規模事業場における実施は、大企業以上に「プライバシー」と「リソース」のバランスが難しくなります。
2-1プライバシー保護の「絶対防壁」
小規模な職場ほど、人間関係の距離が近く「誰が高ストレス判定を受けたか」「誰が面接指導を申し出たか」が筒抜けになりやすいという構造的な脆弱性があります。
マニュアルでは、以下の原則を徹底しています。
個人結果の通知:実施者(医師等)から労働者本人に直接通知され、本人の同意なく事業者が結果を知ることはできません。
情報の不適切入手禁止:事業者は結果を不正に入手したり、提供を強要したりしてはいけません。
外部委託の推奨:社内での情報漏洩リスクを最小化するため、原則として外部機関への委託が強く推奨されています。
2-2「10人の壁」と集団分析のジレンマ
ストレスチェックの真骨頂は、職場ごとのストレス要因を分析する「集団分析」にあります。しかし、分析単位が10人を下回る場合、回答が誰のものか特定される恐れがあるため、原則として事業者はその結果の提供を受けてはならないという厳しいルールがあります。
小規模事業場においては、この「10人の壁」をどう乗り越えるかが課題です。業界団体や地域(商工会等)で共同実施し、スケールメリットを活かして分析を行う手法(地域集積型等)も解決策として示されています。
2-3コストと「地産保」の活用
「専門医への相談料が負担だ」という経営者の悩みに対し、政府は地域産業保健センター(地産保)の活用を提示しています。労働者50人未満の事業場であれば、登録産業医による面接指導や健康診断結果に基づく意見聴取を、無料で受けることができます。この公的支援制度をいかに周知し、活用させるかが実務上の分岐点となります。
3.経営戦略としての「メンタルヘルス対策」
今回の義務化を「コストや手間の増大」と捉えるか、「組織強化のチャンス」と捉えるかで、数年後の企業格差は決定的になります。
3-1「人的損失」は中小企業にとっての死活問題
マニュアルによれば、ひとたびメンタルヘルス不調で病休に入ると、その期間は平均約3か月、復職後の再発率も約半数に上ります。代替要員がいない小規模事業場にとって、熟練社員の離脱は経営基盤を揺るがす甚大なリスクです。
3-2投資対効果(ROI)の視点
学術論文や研究報告書では、ストレスチェックと職場環境改善の組み合わせにより、心理的ストレスの低下だけでなく、生産性の向上が認められています。また、「働きやすい職場」というブランディングは、人材採用が困難な時代における最強の武器となり、離職防止や企業価値向上に直結します。
今後の展望と専門家のアドバイス
2026年現在、移行期間の真っ只中にあります。事業主が今すぐ取り組むべきアクションは以下の通りです。
方針表明(メッセージの発信):「これは不調者探しではない、皆がいきいきと働くための投資だ」という姿勢を明確にすること。
実務担当者の選任:衛生推進者や安全衛生推進者を中心に、信頼される実施体制を整えること。
適切な外部パートナーの選定:料金体系だけでなく、プライバシー保護体制やアフターフォロー(相談窓口等)をチェックすること。
従業員の「心が折れてから」では遅いです。ストレスという「見えない敵」を可視化し、組織の血流を良くする。2025年改正労働安全衛生法は、日本の中小企業が「安かろう悪かろう」の労働環境から脱却し、真の持続可能な経営へと舵を切るための、最後にして最大のチャンスと言えるでしょう。
*ストレスチェック等の職場におけるメンタルヘルス対策・過重労働対策等/労働者数50人未満の小規模事業者の方(厚生労働省)
坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応)
マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠
代表 特定社会保険労務士 前田力也
水道橋オフィス 東京都千代田区神田三崎町2-17-5稲葉ビル203
国分寺オフィス 東京都国分寺市本町4-7-5サンプラビル2階【立川市・八王子市・国分寺市・武蔵野市など多摩エリア・中央線沿線対応】
お問い合わせ support@sakanouehr.com 電話03-6822-1777
メディア取材実績:週刊文春((株)文藝春秋)(【証拠ビデオ入手】東証上場企業・ライトアップが指南する厚労省助成金“不正受給”「おいしすぎる」「数千万円が自由に」)、TOKYO MX(「堀潤 Live Junction」「医療保険制度改革で…負担増える逆転現象も」)、他

