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【社労士解説】フリーランス法執行の新フェーズ:令和8年公取委勧告と厚労省「申出制度」が突きつける発注実務の抜本的転換と企業の社会的責任

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 12 時間前
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フリーランス法

令和6年11月の「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス法)」施行から約1年半。日本の労働市場におけるパラダイムシフトを牽引する同法は、いよいよ明確な「行政処分の対象」として、その牙をむき始めました。

令和8年3月、公正取引委員会は放送事業者2社(A社・J社)に対して、フリーランス法違反による勧告を行い、その企業名および違反事実を公表しました。さらに、これと軌を一にするように、厚生労働省は「フリーランス・事業者間取引適正化等法の違反被疑事実についての申出窓口(申出制度)」の運用を本格化させています。

本稿では、人事労務および企業コンプライアンスの専門家である社会保険労務士の視点から、今回の勧告事例と厚労省の申出制度という2つの刃が意味する法的・実務的インパクトを解読します。単なる違反事例の紹介にとどまらず、法律改正の深層にある政府の狙いや、企業が直面する未知のガバナンス・リスク、そして持続可能な企業成長のための具体的処方箋までを、3つの核心的視点を交えて深く解説します。


1.公取委勧告事例の解析:専門家が読み解く「3つの視点」

今回の勧告事例は、これまで「業界の慣習」として黙認されてきた商慣行に対し、国が明確な違法性阻却事由の不存在(例外は認めないという姿勢)を突きつけた象徴的な出来事です。これを以下の3つの視点で分析します。

①「緊急性」を盾にした口頭発注の終焉とコンプライアンスの形骸化

勧告を受けたA社は、法律の存在自体は認識していたものの、社内体制の整備が不十分であったため、現場での「取引条件の明示義務違反」を防ぐことができませんでした。報道やイベント制作といった現場では、突発的な業務の発生により「とにかく先に動いてくれ、契約書は後で巻く」という口頭発注が常態化しがちです。しかし、法は「業務委託をした直ちに」書面または電磁的方法で明示することを絶対条件としています。経営層が「法律ができた」と周知するだけでは不十分であり、現場の「スピード優先の論理」をシステム的に制御し、上位者が発注状況をモニタリングできる「ガバナンスの仕組み」が構築されていなかったことが、今回の勧告の最大の要因です。いかなる緊急性も、法令違反の免罪符にはならないという強烈なメッセージと受け取るべきです。


②「誰がフリーランスか」という認識の致命的なズレ

J社の事例において最も注目すべきは、番組出演者やヘアメイクアップアーティストなどを「フリーランス法の保護対象」として認識していなかった点です。多くの企業経営者や実務担当者は、「フリーランス=ITエンジニアやデザイナー」といった狭い枠組みで捉えがちです。しかし、フリーランス法における「特定受託事業者」は、BtoB取引において従業員を使用しない個人や法人を広く網羅します。この「法の適用範囲に関する無自覚」は、企業にとって最も恐ろしいリスクです。対象外だと思い込んでいる間に、社内全体で膨大な数の法令違反が蓄積されていく構造が、この事例によって浮き彫りになりました。


③「業界慣習」を破壊する報酬支払と振込手数料の厳格化

今回の勧告で実務に最大のインパクトを与えたのが、報酬の「支払期日の起算点」と「振込手数料の負担」に関する判断です。J社は、支払期日の起算日を「放送日」としていましたが、法が定める起算日は「給付を受領した日(または役務の提供を受けた日)」です。放送日が先送りになれば自動的に支払いが遅延する仕組みは、優越的地位の濫用にあたります。さらに、令和8年1月1日に施行された改正解釈ガイドラインにより、「合意があっても、振込手数料をフリーランスに負担させて報酬から差し引く行為は『報酬の減額』に該当し違法」という極めて厳格な運用が開始されています。下請法時代から続く「手数料は受託者負担」という商慣習は、完全に違法行為へと切り替わりました。


2.厚労省「申出制度」の衝撃:就業環境保護と「声を上げる権利」の保障

公取委の動きと並行して、企業が最大の警戒を払うべきなのが、厚生労働省が整備した「申出制度」の存在です。これは、フリーランス法のもう一つの柱である「就業環境の整備」を実効力のあるものにするための強力なインフラです。

(1)行政直結の「駆け込み寺」としての申出窓口

厚労省がWebサイト等を通じて広く周知・運用している申出窓口は、フリーランスが取引先から受けた違法行為(条件の不明示、支払遅延、報酬減額、ハラスメント、育児介護への配慮義務違反、不当な中途解除など)を、オンラインや全国の労働局等から容易に通報できるシステムです。これまで、個人事業主であるフリーランスは、企業に対して圧倒的な情報力・交渉力の格差があり、泣き寝入りを強いられてきました。しかしこの制度により、スマートフォン一つで行政の調査・指導・勧告のトリガーを引くことが可能となりました。


(2)「不利益取扱いの禁止」がもたらすパワーバランスの逆転

申出制度における最大のポイントは、法第14条等で定められた「不利益取扱いの禁止」です。発注事業者は、フリーランスが行政機関に申出をしたことを理由として、取引数量の削減、取引の停止、その他の不利益な取扱いをすることが厳格に禁じられています。「文句を言うなら、次の仕事は回さない」という、暗黙の報復措置が法律によって完全に封じられたのです。これにより、フリーランス側は契約を切られるリスクを恐れずに、正当な権利を主張し、行政に通報できる環境が整いました。企業側は、「隠蔽」や「圧力」が通用しないオープンなガラス張りの取引環境に立たされていることを自覚しなければなりません。


(3)労働法制に準拠した「就業環境」の保護体制

フリーランス法は単なる商取引の法律ではなく、労働法制の思想を強く色濃く反映しています。特に、従業員を使用する発注事業者には、労働者に対する措置と同等の「ハラスメント対策に係る体制整備」や「育児介護等と業務の両立に対する配慮(6ヶ月以上の取引の場合)」が義務付けられています。フリーランスから「子供の急病で納期をずらしてほしい」「セクハラを受けた」といった相談・申出があった際、これを無視したり、不当に契約を解除したりすれば、厚労省の指導・勧告の対象となります。企業は、フリーランスを「外部の業者」ではなく、「協働するパートナー(擬似的な労働力)」として保護する責任を負わされているのです。


3.法律・制度改正の経緯と政府の狙い:なぜ「今」なのか

このフリーランス法および厳格な執行体制の背景には、我が国の深刻な社会・経済的課題が存在します。

労働市場の流動化とセーフティネットの構築

終身雇用制度が限界を迎え、政府は「多様な働き方」や「労働市場の流動化」を成長戦略の柱に据えています。しかし、個人が組織から離れてフリーランスとして働く際、労働基準法や最低賃金法、労働者災害補償保険法といった手厚い保護から外れ、「法の空白地帯」に置かれるという構造的な問題がありました(※令和6年11月からフリーランスの労災特別加入も可能となっています)。政府の狙いは、この空白地帯に「取引の適正化」と「就業環境の整備」というセーフティネットを張り巡らせることです。優秀な人材が安心してフリーランスという働き方を選択できる土壌を作らなければ、日本の産業競争力は向上しません。


「実態重視」への政策転換

令和8年1月のガイドライン改正に見られるように、行政は「書面上の合意(形式)」よりも「経済的合理性や力関係(実態)」を重視する方向へ大きく舵を切っています。「合意して印鑑をもらえば何をやってもいい」という契約自由の原則を一部制限してでも、構造的な搾取を許さないという国の方針の表れです。


4.実務上の注意点:専門家が警鐘を鳴らす「4つの急所」

以上の法的動向を踏まえ、企業が直ちにメスを入れるべき実務上の急所を4点にまとめます。

  1. 発注フローのデジタル化と「直ちに明示」の徹底

    口頭や電話での発注は言語道断です。業務着手前に、必ずチャットツールや電子契約システム等を用いて、法定明示事項(給付内容、報酬額、支払期日等)を証跡として残すフローを強制適用してください。

  2. 「納品日・役務提供日」を起点とした支払サイクルの再構築

    自社の経理サイクルや「放送日」「公開日」に縛られた支払いは法違反のリスクが極めて高くなります。「受領した日から60日以内」という絶対的期限を遵守するため、経理部門と現場発注部門のシステム連携を見直す必要があります。

  3. 「振込手数料の自社負担」への完全移行

    和8年以降、振込手数料を受注者負担とする運用は直ちに廃止すべきです。既存のシステム設定で「手数料を差し引く」処理が自動化されている企業は、至急システム改修を行わなければ、毎月自動的に法令違反を繰り返すことになります。

  4. フリーランス向け「ハラスメント・配慮相談窓口」の設置と運用

    社内の従業員向け相談窓口をフリーランスにも開放するか、専用の窓口を設置してください。また、妊娠・出産・育児・介護に伴う配慮の申出や、中途解除時の理由開示請求に対して、現場の担当者が独断で対応しないよう、人事・法務部門へとエスカレーションされるマニュアルを整備することが急務です。


5.今後の動向と展望:メディアが注目する「ESGとしての労務コンプライアンス」

フリーランス法の執行フェーズは、今後さらに苛烈さを増すことが予想されます。公取委と厚労省は連携を強め、申出制度に寄せられたビッグデータを端緒として、特定の業界や企業に対する「一斉調査」に乗り出す可能性が高いでしょう。

ここで経営者が真に恐れるべきは、50万円以下の罰金といった刑事罰ではありません。勧告に伴う「企業名の公表」がもたらす、社会的なブランドイメージの失墜です。現在、テレビや新聞、経済誌などのメディアは、「企業のガバナンス欠如」や「働き手に対する搾取」のニュースに極めて敏感です。フリーランスからの申出を起点として行政処分が下された場合、それは「下請けいじめを行うブラック企業」として大々的に報道されるリスクを孕んでいます。

これからの時代、フリーランスに対するコンプライアンスは、単なる法令遵守の枠を超え、企業の「ESG(環境・社会・ガバナンス)」評価を左右するコア指標となります。多様な人材から「この企業となら安心して取引ができる」と選ばれるパートナー企業になることこそが、持続可能な企業成長における最大の競争優位性となるのです。


経営者に求められる「体制の再設計」

令和8年3月の公取委による勧告、そして厚労省の申出制度の本格稼働は、日本企業に対して「古い商慣習と決別し、新たな時代のフェアプレーを実践せよ」という行政からの最後通牒です。

人事労務の専門家として、これまで数多くの労務トラブル・労働紛争を解決してきた経験から申し上げます。トラブルとは「起きてから対処する」ものではなく、「起きない体制(システム)をいかにデザインするか」に尽きます。今こそ、経営のトップダウンによって自社の全発注フローや就業環境ルールを根底から見直し、コンプライアンスという名の「強靭な盾」を構築してください。それが結果として、企業とフリーランスの双方を豊かにする最良の投資となります。


フリーランス法勧告事例のポイント解説(令和8年3月勧告事例)


フリーランス・事業者間取引適正化等法の違反被疑事実についての申出窓口(厚生労働省)


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坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価 (東京都千代田区神田三崎町/全国対応) マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠 代表 特定社会保険労務士 前田力也

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