top of page

非正規格差、ついに終焉へ。令和8年10月改正「同一労働同一賃金ガイドライン」が問い直す日本企業の存在意義

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 1 日前
  • 読了時間: 8分
同一労働同一賃金

令和8年4月28日、厚生労働省は「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針(同一労働同一賃金ガイドライン)」の改正を公布しました。同年10月1日から適用されるこの改正は、単なる文言の整理ではありません。これまで「司法判断の蓄積を待つ」とされてきた曖昧な領域に対し、政府が明確な基準を提示した、いわば「同一労働同一賃金の完成形」への移行を意味します。

2020年の施行以来、多くの企業が手探りで進めてきた同一労働同一賃金への対応は、ここに来て「形式的な合わせ込み」から「実質的な公正性の担保」へと、より高度な次元へと舵を切ることが求められています。


1. 改正の経緯と政府の真の狙い

司法判断の「法制化」というプロセス

今回の改正の最大の特徴は、令和2年に相次いで示された「日本郵便事件」「メトロコマース事件」「大阪医科薬科大学事件」といった最高裁判決の要旨が、ガイドラインという行政指針に直接盛り込まれた点にあります。

これまでは、最高裁の判決が出ても、それが自社の制度にどう影響するかは個別の司法判断に委ねられていました。しかし、今回の改正により、司法の基準が「行政の基準」へと昇華されました。これは、企業にとって「判決を知らなかった」という言い訳が通用しなくなることを意味します。


政府の狙い:労働移動の円滑化と「構造的賃上げ」

政府がこのタイミングでガイドラインを明確化した背景には、単なる格差是正を超えた、強い経済的意図があります。

  1. 労働供給制約への対応:生産年齢人口の急減に直面する中、非正規労働者の「就業調整(いわゆる年収の壁)」を打破し、労働力を最大化させる必要があります。

  2. 構造的賃上げの実現:同一労働同一賃金を徹底することで、能力や役割に見合った適正な賃金形成を促し、デフレ脱却の決定打とする狙いがあります。

  3. リスキリングと労働移動:待遇の透明性を高めることで、労働者が自らのスキルを正当に評価してくれる企業へと移動しやすくなる環境を整備しています。


2. 専門家の視点:改正の本質を読み解く「3つの視座」

本改正を理解するためには、以下の3つの視点から多角的に分析する必要があります。

【視点1】法理の視点:判例法理の「ルール化」と予見可能性の向上

改正ガイドラインでは、諸手当(通勤手当、扶養手当、住宅手当等)や賞与、退職金、休暇制度に関する「不合理な相違」の判断基準がより具体的になりました。特に注目すべきは、手当の「支給目的」への着目です。例えば「通勤手当」は、労働者の移動コストを補填するものであり、雇用形態に関わらずその必要性は変わらないため、原則として同一の支給が求められることが再確認されました。これにより、企業にとっては「何が不合理で、何が合理的なのか」という予見可能性が高まったと言えます。

【視点2】企業経営・ガバナンスの視点:コストから「人的資本経営」へ

多くの経営者は、同一労働同一賃金を「人件費増のリスク」と捉えがちです。しかし、本質は異なります。今回の改正は、自社の職務内容、責任の重さ、配置の変更範囲を再定義する絶好の機会です。 「正社員だから」という抽象的な理由での優遇はもはや許されません。職務評価に基づいた透明性の高い賃金体系を構築することは、優秀な人材の確保(採用力)と定着(エンゲージメント)に直結します。これはコーポレートガバナンスにおける「人的資本の開示」という文脈からも極めて重要です。

【視点3】労働市場・社会の視点:格差固定社会からの脱却

日本における非正規雇用の割合は約4割に達しています。この層の待遇改善が停滞することは、中間層の没落と消費の減退を招きます。ガイドラインの改正により、非正規労働者が「正当な評価」を実感できるようになれば、自己研鑽(リスキリング)への意欲が高まり、社会全体の生産性が向上します。これは、178万円の年収の壁問題など、現在の税制・社会保険制度の議論とも深くリンクする、社会構造そのもののアップデートなのです。


3. 実務上の変更点と具体的解説:各項目への深掘り

今回の改正で具体的にどの部分が強調されたのか、主要な項目を解説します。

①諸手当の厳格化

改正案では、通勤手当、食事手当、皆勤手当など、その支給目的が雇用形態と無関係であるものについて、改めて「同一の支給」を求めています。

  • 通勤手当

    フルタイムかパートタイムかを問わず、通勤に要する実費は同等に発生するため、差をつけることは原則不合理です。

  • 住宅手当・扶養手当

    これらについても、支給目的が「福利厚生や生活保障」である場合、転居を伴う異動の有無といった実質的な差がない限り、格差の説明は困難になります。

② 賞与と退職金のハードル

最高裁では「賞与や退職金の不支給が直ちに不合理とは言えない」との判断が出ましたが、ガイドラインではその「程度の問題」に触れています。

  • 賞与

    会社の業績への貢献に応じて支給される場合、非正規労働者にもその貢献に応じた割合での支給(例えば正社員の6割など)を検討する必要があります。「ゼロ回答」を維持するには、相当に高い論理的説明が求められます。

  • 退職金

    長年の勤務に対する功労報償的な性格がある場合、勤続年数が長い有期雇用労働者に対して一切支給しないことは、将来的にリスクとなる可能性が高いと言えます。

③ 休暇・福利厚生の同一化

慶弔休暇、病気休暇、夏季・冬季休暇、さらには食堂や更衣室の利用といった福利厚生施設について、雇用形態による差異は原則として認められません。これらは労働力の維持・再生に必要なものであり、職務内容とは切り離して考えるべき事項だからです。


4. 今後の動向:令和8年10月に向けて企業が直面する「真の課題」

改正の適用まで、企業に残された時間は決して多くありません。今後予想される動向は以下の通りです。

  1. 「説明義務」の紛争化

    労働者から「なぜ私の給与は正社員と違うのですか?」と問われた際、会社は客観的かつ合理的な理由を説明しなければなりません(パートタイム・有期雇用労働法第14条)。この説明が不十分、あるいは論理破綻している場合、即座に法的紛争や労働局の指導対象となります。

  2. 労働組合・ユニオンの攻勢

    今回の改正を背景に、非正規労働者の処遇改善を求める団体交渉が活発化することが予想されます。

  3. 「不利益変更」のジレンマ

    格差是正のために正社員の待遇を下げる(不利益変更)ことは、労働法上のハードルが極めて高く、慎重な対応が求められます。


5. 実務上の注意点

企業が今、取り組むべきアクションプランを提示します。

ステップ1:現状の徹底的な「棚卸し」

まずは、すべての雇用形態(正社員、無期転換社員、有期雇用、パート、アルバイト)ごとに、支給されているすべての手当、賞与、退職金、福利厚生をリストアップします。

ステップ2:支給目的の「言語化」

各手当について、「なぜこの手当を支給しているのか」を明文化します。「昔からの慣習だから」は理由になりません。職務の困難性なのか、責任の範囲なのか、あるいは将来の期待値なのか。これを明確にすることが、説明義務を果たすための第一歩です。

ステップ3:就業規則の改定と職務分析

「正社員」と「非正規」の間に存在する「職務の内容」や「配置の変更の範囲」の違いを、職務記述書(ジョブディスクリプション)等で明確にします。相違があること自体は違法ではありません。その相違が「不合理ではない」と言い切れる論理構成を構築することが重要です。


「同一労働同一賃金」は、単なる労働法の一項目ではありません。それは、日本が「失われた30年」から脱却し、誰もが意欲を持って働ける社会へと進化できるかどうかの試金石です。 令和8年10月の改正は、これまで法的グレーゾーンに逃げ込んできた企業に対し、正面からの回答を迫るものです。一方で、この変革を前向きに捉え、人事制度を刷新する企業こそが、次世代の労働市場における勝者となるでしょう。

本件に関するさらなる詳細なデータ分析や、具体的な企業の成功・失敗事例の解説、今後の法改正の予測などについては、当事務所にて随時取材を承っております。


【本件に関する実務相談・お問い合わせ】

今回の記事に関連する実務のご相談や顧問契約のお問い合わせなど、当事務所までお気軽にご相談ください。メディア関係者様からの解説依頼、取材も随時承っております。


坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応) マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠 代表 特定社会保険労務士 前田力也

水道橋オフィス:東京都千代田区神田三崎町2-17-5稲葉ビル203 国分寺オフィス:東京都国分寺市本町4-7-5サンプラビル2階【立川市・八王子市・国分寺市・武蔵野市など多摩エリア・中央線沿線対応】

URL: https://www.sakanouehr.jp/ お問い合わせ: support@sakanouehr.com 電話: 03-6822-1777

メディア取材実績:

  • 週刊文春((株)文藝春秋):『東証上場企業・ライトアップが指南する厚労省助成金“不正受給”「おいしすぎる」』解説

  • TOKYO MX(堀潤 Live Junction):『医療保険制度改革で…負担増える逆転現象も』専門家解説

  • 東京新聞:『国保逃れ』問題における脱法行為の是正、及び特定社労士としての手口分析

  • その他、労働法・社会保険制度に関する専門家コメント多数

bottom of page