top of page

【緊急解説】フリーランス新法に基づく大規模勧告の衝撃。1,674名の無償レッスンが違法とされた理由と、企業が直ちに講じるべき3つの実務対策

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 3 日前
  • 読了時間: 8分
フリーランス新法

令和8年(2026年)5月19日、日本の労働・取引市場において極めて重要な意味を持つ行政処分が下されました。公正取引委員会は、中小企業庁長官からの措置請求を受け、音楽教室等を運営する「シアー株式会社」に対し、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以下、フリーランス・事業者間取引適正化等法)」第8条第5項の規定に基づく勧告を行いました。  

本件は、同社が業務委託契約を結んでいる特定受託事業者(フリーランスの音楽講師など)1,674名に対し、自社の利益のために「無償で体験レッスン」を行わせていたことが、同法第5条第2項第1号の「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」に該当すると判断された事案です。  

本記事では、フリーランスを活用する全ての企業経営者・人事担当者に向けて、本件の全容、背景にある法律・制度の構造、そして今後の実務に与える影響を、特定社会保険労務士の専門的知見から3つの視点で深く、かつ分かりやすく解説します。


1.法律・制度の視点:改正の経緯と政府の「本気度」

①フリーランス新法が生まれた背景

近年、働き方の多様化に伴い、組織に属さず個人で業務を請け負うフリーランス(特定受託事業者)が急増しました。しかし、発注事業者(企業)とフリーランスの間には、構造的に情報の非対称性や交渉力の格差が存在します。従来の「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」や「労働基準法」の枠組みだけでは、多様な業種で働くフリーランスを保護しきれないという課題がありました。  

この課題を解決するため、本法は「取引の適正化」と「就業環境の整備」という2つの大きな柱を掲げて施行されました。発注事業者に対して、書面等による取引条件の明示(第3条)や、期日における報酬支払義務(第4条)を課すとともに、受領拒否や買いたたきなどを明確に禁止行為(第5条)として定めています。  

②本件における違法性のメカニズム

今回の勧告で適用されたのは、法第5条第2項第1号です。この条文は、特定業務委託事業者が、フリーランスに対して「自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること」により、利益を不当に害してはならないと規定しています。  

シアー株式会社は、消費者向けの「体験レッスン」を無償で講師に行わせていました。体験レッスンは入会を促すための営業活動の一環であり、本来であれば発注事業者がコストを負担すべきものです。それを、立場の弱いフリーランスに対して「無償の役務(サービス)提供」として強要したことが、正に「不当な経済上の利益の提供要請」に該当すると断じられたのです。  

③省庁間の強力な連携体制

注目すべきは、本件が「中小企業庁長官からの措置請求(法第7条)」を端緒としている点です。中小企業庁が調査を行い、違反の事実があると認めた上で、公正取引委員会に対して厳正な処置を求めたというプロセスは、政府全体としてフリーランス保護に本気で取り組んでいる姿勢の表れです。発注事業者にとって、「見つからなければよい」「業界の慣習だから」という言い訳はもはや通用しない時代に突入しています。


2.実務とリスク管理の視点:企業の盲点と甚大なダメージ

①「業界の慣習」という思い込みの危険性

音楽教室、語学学校、ITエンジニア、デザイナーなど、フリーランスを活用する業界には、古くから「これくらいは無償でやって当たり前」「将来の仕事につながるのだから」といった、発注者側の論理による悪しき慣習が残存しています。本件の「入会前の無料体験レッスン」も、発注者側からすれば「講師にとっても生徒獲得のチャンスだから」という認識があったのかもしれません。

しかし、フリーランス新法の下では、そのような主観的な言い分は一切考慮されません。実質的に発注者の利益(売上向上)のための業務を無償で行わせていれば、明確な法令違反となります。

②遡及的な経済的ペナルティとレピュテーションリスク

公正取引委員会の勧告は、極めて厳格な措置をシアー株式会社に命じています。

  • 対価の支払い:1,674名に対し、無償で行わせた体験レッスンの対価に相当する額を、公正取引委員会の確認を得た上で速やかに支払うこと。  

  • 経営陣の関与と体制整備:取締役において違法行為を確認し、今後利益を不当に害さないことを確認すること。また、社内研修など体制整備に必要な措置を講ずること。  

  • 周知徹底:従業員および取引先フリーランスへ本勧告の内容等を周知・通知すること。  

1,674名分の無償労働に対する遡及的な支払いは、企業のキャッシュフローに甚大なダメージを与えます。さらに、行政処分の公表による「フリーランスを搾取する企業」という社会的信用の失墜(レピュテーションリスク)は、今後の人材確保において致命傷となりかねません。

③労働基準法との交錯リスク

今回はフリーランス新法による勧告でしたが、実務上はさらなるリスクも潜んでいます。業務の指示が具体的であり、時間や場所の拘束性が高く、報酬が「労働に対する対価」とみなされる場合、「偽装請負」として実質的に労働基準法上の「労働者」と判定されるリスクです。もし労働者と判定されれば、最低賃金法の適用、残業代の支払い、社会保険料の遡及徴収など、さらに深刻な事態に発展します。


3.未来と経営戦略の視点:今後の見通しと企業が取るべき具体的行動

最後に、今後の労働市場の動向と、企業が持続的に成長するために直ちに講じるべき対策について述べます。

①今後の動向:監視の強化とフリーランスの権利意識向上

本件の勧告は、いわば「見せしめ」ではなく「氷山の一角」に対する最初の一撃に過ぎません。政府は報告徴収・立入検査(第11条、第20条)の権限を有しており、違反が疑われる企業には今後も積極的に介入していくことが予想されます。また、ニュース報道等を通じてフリーランス自身の権利意識が高まることで、SNS等での告発や、行政機関への直接の相談・通報が急増するでしょう。  

②企業に求められる「パラダイムシフト」

企業は、「フリーランス=安価で柔軟に使える下請け」という古い認識を根底から覆す必要があります。フリーランスは、対等な「ビジネスパートナー」です。彼らの専門性やスキルを最大限に発揮してもらうためには、適正な報酬と公正な取引環境を提供することが大前提となります。コンプライアンス(法令遵守)の徹底は、防衛策であると同時に、「優秀なフリーランスから選ばれる企業」になるための強力な攻めの経営戦略でもあります。

③直ちに講じるべき3つの実務対策(チェックリスト)

企業の人事・法務・調達部門は、直ちに以下の点検を行ってください。

  1. 「隠れ無償業務」の洗い出し

    • 本業務の前後に行われる準備、打ち合わせ、報告書の作成、体験対応などを無償で行わせていないか。

    • やり直しの指示が、発注者の都合によるものでありながら無償となっていないか(不当な給付内容の変更・やり直しの禁止 )。  

  2. 契約書面(取引条件)の再精査

    • 業務委託契約書等において、業務の内容、報酬の額、支払期日などの取引条件が法定事項を満たして明示されているか(取引条件の明示義務 )。  

    • 契約外の業務が発生した場合の追加報酬のルールが明記されているか。

  3. 現場の意識改革とハラスメント対策体制の構築

    • フリーランスと直接接する現場の担当者(営業部門や制作部門など)に対し、新法の禁止行為に関する研修を徹底しているか 。  

    • フリーランスからの相談窓口を設置し、ハラスメント(パワハラ・セクハラ等)への対策体制を整備しているか(ハラスメント対策に係る体制整備義務 )。  


専門家の知見を活用し、適正な取引環境の構築を

シアー株式会社に対する勧告は、すべての発注事業者に対する強烈な警鐘です。自社の業務委託契約の実態が法令に適合しているか、不安を感じる経営者や実務担当者の方は少なくないはずです。  

法律の解釈や制度改正への対応は、自社内だけで完結させるにはリスクが高すぎます。特に、労働法制と経済法制(下請法・フリーランス新法)の双方に精通した社会保険労務士などの専門家の知見を交え、客観的な視点で社内体制をレビューすることが、企業の未来を守る唯一の道です。

当事務所では、フリーランス活用に関する契約書のリーガルチェックから、社内研修の実施、万が一のトラブル解決まで、実践的かつ高度なサポートを提供しております。適切な体制構築を通じて、貴社の持続的な成長を支援いたします。


シアー株式会社に対するフリーランス・事業者間取引適正化等法に基づく勧告が行われました シアー株式会社に対する勧告(中小企業庁長官からの措置請求事案)


【本件に関する実務相談・お問い合わせ】

今回の記事に関連する実務のご相談や顧問契約のお問い合わせなど、当事務所までお気軽にご相談ください。メディア関係者様からの解説依頼、取材も随時承っております。


坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応)

マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠

代表 特定社会保険労務士 前田力也

水道橋オフィス 東京都千代田区神田三崎町2-17-5稲葉ビル203

国分寺オフィス 東京都国分寺市本町4-7-5サンプラビル2階【立川市・八王子市・国分寺市・武蔵野市など多摩エリア・中央線沿線対応】

お問い合わせ support@sakanouehr.com 電話03-6822-1777

メディア取材実績:週刊文春((株)文藝春秋)(【証拠ビデオ入手】東証上場企業・ライトアップが指南する厚労省助成金“不正受給”「おいしすぎる」「数千万円が自由に」)、TOKYO MX(堀潤 Live Junction」「医療保険制度改革で…負担増える逆転現象も」)、東京新聞『国保逃れ指摘「すでに把握しています」と言いつつ野放し 国や年金機構「脱法行為」是正がニブ過ぎるのは…』『維新だけではなかった「国保逃れ」 司法書士グループ企業でも「節約術」疑惑 厚労省「看過できない状況」』、『国保逃れ」に新たな手口 国の対策をすり抜ける「従業員型」とは…業者に接触した特定社労士が読み解く』、他

bottom of page