【徹底解説】介護保険「2割負担」拡大の衝撃──社労士(社会保険労務士)が読み解く“全世代型社会保障”への転換点
- 坂の上社労士事務所

- 2 日前
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2025年11月28日、厚生労働省は介護サービス利用料の「2割負担」対象者を拡大する4つの案を提示しました。所得基準を現在の「280万円以上」から「230万〜260万円」へ引き下げるこの改革案は、単なる高齢者の負担増という文脈だけで語るべきではありません。
これは、制度創設から四半世紀を経て、「給付と負担のバランス」が限界を迎えた日本の社会保障制度が、真の意味で「全世代型」へ脱皮できるかどうかの試金石です。
この厚労省案が内包する3つの重大な論点を社労士前田視点で紐解きます。
1.崩れ去った「1割負担」の原則と、避けられない歴史的必然
まず、冷静に介護保険制度の歴史を振り返る必要があります。
2000年の制度創設時、介護保険は「誰もが1割負担でサービスを受けられる」という画期的な仕組みとしてスタートしました。しかし、この設計思想は人口動態の変化により、わずか15年で修正を余儀なくされました。
2000年 制度開始(全員1割負担)
2015年 一定以上所得者の「2割負担」導入(単身280万円以上)
2018年 現役並み所得者の「3割負担」導入(単身340万円以上)
今回の改正案は、この流れの延長線上にあります。厚労省の資料によれば、現状の利用者の90%以上がいまだに「1割負担」です。一方で、団塊の世代が全員75歳以上となる「2025年問題」が現実化した今、給付費は膨張の一途をたどっています。
提示された4案のうち、最も踏み込んだ「所得230万円以上」のケースでも、削減効果は給付費と保険料合わせて約360億円、国費抑制は60億円程度です。年間10兆円を超える介護給付費全体から見れば「微々たる額」に見えるかもしれません。
しかし、この改正は「金額」以上の意味を持ちます。それは、「中所得層以下の高齢者にも応分の負担を求める」というタブーへの切り込みだからです。現役世代の保険料負担が限界(労使折半を含めれば協会けんぽの保険料率は上昇傾向)に達している今、聖域なき見直しは「数理的必然」と言わざるを得ません。
2.「フロー」から「ストック」へ──資産要件導入のリーガル・インパクト
法的な観点、特に「公平性」の議論において注目すべきは、今回示された「金融資産(預貯金)の保有状況を加味する」という激変緩和措置です。
従来の社会保険料や窓口負担は、基本的にその年の所得(フロー)を基準としていました。しかし、高齢者世帯と現役世帯の経済格差を語る際、無視できないのが資産(ストック)の偏在です。
「年金収入は少ないが、多額の預貯金や不動産を持つ高齢者」を、低所得者と同じ1割負担とすることは、資産形成の途中にある現役世代から見て「法の下の平等」や「公平負担」の観点から妥当かという議論がかねてよりありました。
記事にある「預貯金額が300万、500万、700万円以下なら1割維持」という仕組みは、特別養護老人ホームの食費・居住費補助(補足給付)ですでに導入されているスキームの応用ですが、これを一般の居宅サービス等の負担割合判定に持ち込むことは、実務上極めて大きな転換です。
ここには2つの法的論点があります。
①実質的公平性の追求(応能負担の徹底)
所得だけでなく資産能力に応じた負担を求めることは、世代間の不公平感を是正する上で合理的です。
②行政による資産把握とプライバシー
「利用者の申請を受けた自治体が金融機関に確認」というプロセスは、行政調査権の行使を意味します。マイナンバーとの紐付けが進む中、個人の資産状況を行政がどこまで把握し、負担能力の判定に用いるかという点は、今後さらに精緻な法的議論(プロセスの透明性確保など)が求められる領域です。
3.現役世代の「可処分所得」防衛と、企業の「隠れ負担」
最後に、この改正が「誰のためのものか」を再考するに、「現役世代の保険料を軽くする」「改革が遅れれば賃上げ効果を打ち消し」が挙げられます。これは極めて重要な視点です。
現在、企業の社会保険料負担(法定福利費)は人件費の約15〜16%を占め、経営を圧迫しています。さらに2026年度からは少子化対策のための「支援金」制度も始まります。
これ以上、現役世代(および雇用主である企業)の保険料負担が増え続ければ、せっかくの賃上げも社会保険料の増額分で相殺され、可処分所得は増えず、個人消費も冷え込む──この悪循環(日本経済の下押し)を断ち切るための「痛み分け」が今回の改正の本質です。
しかし、リスクもあります。
高齢者の窓口負担が増えることで「利用控え」が起きればどうなるか。必要なサービスを受けられない親を介護するために、現役世代の社員が離職せざるを得ない「介護離職」のリスクが高まります。
企業にとっては、保険料負担の抑制というメリットの一方で、貴重な労働力を失うリスクと背中合わせです。
結論:直面する介護保険制度の現実
厚生労働省の資料や今回の4案が示唆しているのは、「高齢者=社会的弱者」という画一的な図式の終焉です。
経済力のある高齢者には相応の負担を求め、限られた財源を真に支援が必要な層と、次世代を担う現役世代へ再配分する。この「全世代型社会保障」への転換は、政治的な反発を招きやすく、過去3度先送りされてきました。
しかし、2025年という節目において、これ以上の先送りは、現役世代に対する「不作為の罪」となりかねません。今回の2割負担拡大は、単なる「値上げ」ではなく、日本の社会保障制度を持続可能なものに再構築するための、痛みを伴うが避けて通れない「外科手術」なのです。
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