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令和7年度「年金収支決算」から読み解く!社会保障制度の現在地と企業の労務戦略

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 3 日前
  • 読了時間: 8分
年金

厚生労働省より、令和8年8月7日に「厚生年金保険・国民年金の令和7年度収支決算の概要」が公表されました。本決算報告は、我が国の社会保障制度の中核を担う公的年金制度の最新の財政状態を示す極めて重要な資料です。単なる過去の収支報告にとどまらず、ここには今後の労働市場の動向や、政府が目指す法制度の方向性が如実に表れています。

本記事では、特定社会保険労務士の専門的な知見に基づき、この決算データを「3つの視点」から深く紐解きます。表面的な数字の増減にとどまらず、その背景にある法律や制度の改正、政府の狙い、そして企業実務に与える影響や今後の具体的な対策まで、わかりやすく解説いたします。経営者や人事労務担当者の皆様にとって、次の一手を打つための道標となれば幸いです。


1.過去最高302兆円を突破した積立金と、年金財政の健全性

令和7年度決算における最大の注目点は、決算結了後の年金積立金が時価ベースで前年度より42兆5,136億円も増加し、過去最高の302兆5,893億円に達したことです。内訳を見ると、厚生年金保険においては6年連続の増加(簿価122兆501億円・時価ベース288兆9,623億円)、国民年金においても2年ぶりの増加(簿価8兆2,335億円・時価ベース13兆6,270億円)となりました。運用利回りについては、厚生年金で15.85%、国民年金で16.18%という極めて高い水準を記録しています。

背景と政府の狙い:マクロ経済スライドの機能維持

この大幅な増加の背景には、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による国内外の株式および債券への徹底した分散投資が、好調な市場環境に乗じて大きな運用収益を上げたという事実があります。政府は、急速に進行する少子高齢化による保険料収入の減少と給付費の増加という構造的課題に対し、現役世代の保険料負担の上限を固定した上で、積立金の運用益を活用しつつ将来の給付水準を自動調整する「マクロ経済スライド」等の仕組みを導入してきました。今回の過去最高の積立金残高は、こうした長期的な制度設計の基盤を強化するものであり、「年金制度がすぐに破綻する」というような過度な不安を払拭する強力なファクトとなります。

実務上の注意点と今後の見通し

ただし、時価ベースの評価額は金融市場の短期的な変動に大きく左右される性質を持ちます。企業や個人は、国が公的年金制度の持続可能性を高めている事実を冷静に評価しつつも、公的年金だけに依存しない姿勢が求められます。企業実務としては、企業型確定拠出年金(企業型DC)の導入やiDeCoプラス(中小事業主掛金納付制度)の活用、さらには従業員への金融・ライフプラン教育の提供が、福利厚生の一環として今後ますます重要性を増していくでしょう。


2.厚生年金被保険者の増加と標準報酬月額の上昇が示す「働き方の変化」

次に注目すべき指標は、厚生年金の被保険者数と標準報酬月額の推移です。令和7年度の厚生年金被保険者数(年間平均)は前年度から63万1千人増加し、4,342万8千人となりました。また、平均標準報酬月額も32万8千円から33万5千円へと、7千円上昇しています。

背景にある制度改正:社会保険の適用拡大と賃上げの波

被保険者数の著しい増加の背景には、段階的に進められてきた「社会保険の適用拡大」という強力な法改正があります。令和4年10月の「従業員101人以上の企業」への拡大に続き、令和6年10月には「従業員51人以上の企業」へと適用範囲が拡大されました。これにより、「週所定労働時間20時間以上」「月額賃金8.8万円以上」「雇用期間の見込みが2ヶ月超」「学生ではない」という要件を満たす多くのパートタイム労働者や有期雇用労働者が、新たに厚生年金保険の被保険者となりました。

政府の狙いは明確です。非正規雇用労働者に対するセーフティネットを強化し、将来の無年金・低年金リスクを減少させるとともに、年金制度の支え手(被保険者)の裾野を広げることで、制度全体の基盤をより強固なものにすることです。また、平均標準報酬月額の7千円上昇は、最低賃金の継続的な大幅引き上げや、春闘を通じた各企業の積極的なベースアップ(賃上げ)の成果が直接的に反映された結果と言えます。事実、厚生年金の歳入においては、1人当たり保険料の増加などにより、保険料収入全体が前年度比で1兆3,237億円増加(合計37兆6,782億円)しています。

実務上の注意点:厳密な労務管理と「年収の壁」対策

実務においては、社会保険の適用要件を厳格に管理することが不可欠です。労働時間や日数の要件を満たした従業員に対する資格取得手続きの漏れは、後日、年金事務所の調査等により遡及徴収のリスクを生み、企業の資金繰りを圧迫しかねません。また、賃金上昇に伴う標準報酬月額の「随時改定(月額変更届)」や、毎年の「定時決定(算定基礎届)」における正確な計算と届出は、人事労務担当者にとってより一層の精度が求められます。企業は、社会保険料の労使折半負担(法定福利費)の増加を事業計画にしっかりと織り込む必要があります。


3.基礎年金拠出金の増大と「制度間の支え合い」の深化

3つ目の視点は、国民年金(基礎年金)を支える財政構造の変化です。国民年金の第1号被保険者数(自営業者や学生など)は15万2千人減少し、1,332万7千人となりました。一方で、厚生年金保険の歳出を見ると、「基礎年金勘定への繰入(基礎年金拠出金)」が前年度より3兆8,694億円も増加し、21兆4,901億円に達しています。この影響もあり、厚生年金の歳出全体も51兆5,557億円へと大きく膨らみました。

制度設計の仕組みと次なる法改正への布石

我が国の公的年金は、1階部分の「基礎年金」を国民全体で支え合う構造となっています。基礎年金の給付に必要な費用は、厚生年金などの各被用者年金制度から、それぞれの被保険者数等に応じて「基礎年金拠出金」として拠出されます。第1号被保険者の減少(多くは社会保険適用拡大によるパートタイマーの第2号被保険者への移行)と高齢化に伴う受給者の増加により、厚生年金制度の潤沢な財源が基礎年金財政を実質的に大きく下支えする構図が年々鮮明になっています。

政府は、この制度間の支え合いを通じて、将来の基礎年金の給付水準の低下を防ぐ方策を模索しています。今後の動向として、厚生年金から基礎年金へのさらなる財源シフトや、マクロ経済スライドの調整期間の終了時期を両制度で一致させるなど、次期年金制度改正(いわゆる5年ごとの財政検証に基づく法改正)に向けた議論が本格化していくことが予想されます。


企業の課題解決と今後の人事労務戦略

令和7年度の年金収支決算は、表面的な黒字や過去最高の運用益という明るい材料の裏で、社会保険の適用拡大と持続的な賃金上昇が、企業に不可逆的な変化と新たな対応を迫っていることを示しています。企業が持続的に成長し、優秀な人材を確保し続けるためには、以下の課題解決に戦略的に取り組む必要があります。

1. 法定福利費の増加を見据えた事業計画と生産性向上

適用拡大や賃上げによる社会保険料負担(法定福利費)の増加は避けられません。人件費増を単なる「負担」と捉えるのではなく、助成金(キャリアアップ助成金や業務改善助成金など)を戦略的に活用しつつ、DX(デジタルトランスフォーメーション)や業務フローの見直しを推進し、労働生産性そのものを高める「攻めの経営」が求められます。

2. 従業員への「社会保険加入の真のメリット」の啓発

パートタイム労働者の中には、社会保険料控除による手取り収入の減少を懸念して就業調整を行う方(いわゆる「年収の壁」問題)が依然として多く存在します。政府が展開する「年収の壁・支援強化パッケージ」等の制度を適切に活用するとともに、厚生年金に加入することが将来の年金受給額の増額だけでなく、万が一の際の障害厚生年金や傷病手当金といった手厚い保障につながるという「真のメリット」を、企業側が丁寧に説明し、働き控えを解消していく対話の姿勢が極めて重要です。

3. 労務コンプライアンス体制の抜本的強化

社会保険分野の法改正は頻繁かつ複雑化しており、手続きの遅滞や給与計算の誤りは、従業員の不信感を招き、最悪の場合は行政指導の対象となります。クラウド人事労務システム等を活用した正確な給与計算体制の構築と、最新の法改正情報を常にアップデートできる外部の専門家(社会保険労務士等)との強固な連携体制を築くことが、企業のコンプライアンスを守り、本業に集中するための鍵となります。


厚生年金保険・国民年金の令和7年度収支決算の概要(厚生労働省)


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坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応) マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠 代表 特定社会保険労務士 前田力也

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