令和8年 高年齢者・障害者雇用状況等報告の全貌と実務対応:人口減少社会における「人を活かす経営」の試金石
- 坂の上社労士事務所

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少子高齢化と働き手となる生産年齢人口の急減という、我が国が直面する未曾有の構造的課題を背景に、企業の「多様な人材の活用」はかつてないほど重要な経営課題となっています。単なる法令順守の枠を超え、企業がいかにして高年齢者や障害者が能力を発揮できる働きやすい職場環境を構築しているかは、「働く人々を会社の貴重な財産と捉える経営」の観点から、社会全体や企業を評価する機関から厳しく問われる時代へと突入しました。
令和8年6月1日、厚生労働省より「高年齢者雇用状況等報告」および「障害者雇用状況報告」に関する本年度の案内が公開され、企業への報告手続きが本格的に始まりました。この報告は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)第52条第1項 、および障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)第43条第7項に基づき 、事業主に義務付けられている極めて重要な行政手続きです。提出期限は令和8年7月15日と厳格に定められています。
本記事では、企業の経営者・人事労務担当者様に向けて、特定社会保険労務士の視点から、今回の報告業務に関する法改正の背景と政府の意図、令和8年報告における書式の変更点、そして企業が取るべき具体的な実務対応や今後の見通しについて、3つの視点で詳細かつ徹底的に解説いたします。
1.法改正の背景と政府の狙い 〜誰もが活躍できる社会の実現と労働力確保の根本的転換〜
毎年のように行われる雇用状況等報告ですが、その背景には国の壮大な戦略と、目まぐるしく変化する法制度が存在します。この報告制度の真の目的を理解するためには、関連する法律がどのような変遷をたどり、政府が何を狙っているのかを紐解く必要があります。
①高年齢者雇用の進化:65歳までの雇用確保から「70歳までの就業確保」への道
我が国は世界でも類を見ない超高齢社会を迎えており、健康で意欲のある高年齢者が年齢に関わりなく活躍できる「生涯現役社会」の実現が急務とされています。
現在の法律では、まず60歳未満の定年が禁止されています。さらに、定年を65歳未満に定めている事業主に対しては、以下のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じることが義務付けられています。
65歳までの定年引き上げ
定年制の廃止
65歳までの継続雇用制度の導入
これらに加え、令和3年(2021年)4月1日施行の改正法により、65歳から70歳までの就業機会を確保するため、以下のいずれかの措置(高年齢者就業確保措置)を講ずる「努力義務」が新たに創設されました。
70歳までの定年引き上げ
定年制の廃止
70歳までの継続雇用制度の導入
70歳まで継続的に業務を委託する制度の導入
70歳まで継続的に社会貢献事業に従事できる制度の導入
政府の狙いは明確です。労働力人口の減少を補うために、豊富な経験と技能を持つ熟練層に労働市場へ留まってもらうことです。即時の「義務」ではなく「努力義務」として70歳までの就業確保措置を導入したのは、企業の多様な働き方(業務の委託や社会貢献事業への従事など)を柔軟に許容しつつ、段階的に社会全体の意識改革を促す意図があります。
②障害者雇用の抜本的改革:法定雇用率の引き上げと精神障害者の算定
障害のある人もない人も共に働くという理念のもと、法律は幾度もの改正を経て強化されてきました。特に注目すべきは、国が定める雇用割合(法定雇用率)の段階的な引き上げと、対象となる障害者の範囲の拡大です。
報告義務があるのは、企業全体の常用雇用労働者が40.0人以上の事業主です(一定の特殊法人等については36.0人以上)。雇用している障害者数が0人であっても報告義務がある点には十分な注意が必要です。
また、法改正により、実際の雇用割合を計算する際に、従来の身体障害者及び知的障害者に加え、精神障害者も計算の対象とされるようになりました。これは、精神的な不調を抱える労働者が増加する現代社会において、企業が彼らの職場への定着をいかに支援できるかが問われていることを示しています。
さらに、多様な働き方の促進として、週10時間以上20時間未満で働く「特定短時間労働者」についても、計算の対象(1人を0.5人として扱う等)に組み込まれるなど、柔軟な雇用形態への対応が進んでいます。
2.令和8年報告における書式変更と実務上の重要要点
法令の趣旨を理解したところで、令和8年の実務に直結する報告書の変更点や、人事労務担当者が陥りやすい誤りを防ぐための重要要点について解説します。
①高年齢者雇用状況等報告書の書式変更の意図
令和8年の報告においては、高年齢者雇用状況等報告書の書式に変更が加えられています。特に「⑩継続雇用制度」や「⑲65歳を超えて働ける制度の対象者に係る基準の過去1年間の適用状況」の欄の記載方法が変更されており、企業は最新の書式を用いることが必須です。
この変更の背後には、企業が「形式的」に制度を設けているだけでなく、「実態として」どのように高年齢者を雇用しているかを国がより精緻に把握しようとする意図が読み取れます。例えば、就業規則等に継続雇用制度を定めている場合でも、その対象者を限定する基準が「会社が必要と認める者」や「上司の推薦がある者」といった具体的・客観的でない基準である場合は、正式な制度として認められず、「運用により継続雇用を行う場合」として取り扱われます。
また、過去1年間(令和7年6月1日から令和8年5月31日まで)に、65歳を超えて働ける制度の対象者を限定する基準の年齢に到達した従業員の状況を詳細に報告することが求められます。これは、企業が設けた基準が不当に厳しくなく、適切に運用されているかを監視するためのものです。
②障害者雇用の複雑な計算論理と企業集団での合算
障害者雇用においては、単純な人数の計算ではなく、障害の程度(重度か否か)や定められた労働時間(短時間労働者か否か)に応じた複雑な計算が行われます。例えば、重度身体障害者や重度知的障害者は、1人を2人として計算する仕組みが設けられています。
また、企業集団全体での雇用促進を図るための特例制度も重要です。要件を満たし、厚生労働大臣の認定を受けた場合、親会社と特定の子会社、関係する会社を合算して雇用割合を計算できる特例があります。
これらの特例を利用している場合、報告書は「事業主ごとの様式」と「企業集団全体の様式」の両方を作成し、認定に係る確認書類(関係会社からの受注実績を証明するものや発注計画書など)を添えて提出する必要があります。企業集団全体でどのように障害者の活躍の場を創出するかという、戦略的な人員配置が問われる部分です。
③「従業員」と「常用労働者」の定義の違い
報告書作成において非常に間違いやすいのが、「従業員」と「常用労働者」の定義の違いです。
常用労働者
1年以上継続して雇用される者(見込みを含む)のうち、1週間の所定労働時間が20時間以上の者を指します。正社員、契約社員、短時間労働者等を含みますが、雇用保険の適用除外となる昼間学生等は含まれません。
従業員
就業規則等で定める雇用制度が適用される者を指し、1週間の所定労働時間が20時間未満の者や、雇用保険の適用除外となる者も含まれます。
この定義を混同すると、報告数値に矛盾が生じ、行政からの指導の対象となる危険性があります。
④電子化の推進と指定書式の活用
手続きの効率化という観点から、国は通信網を通じた電子申請を強く推奨しています。報告は、国が提供する法人共通の認証用符号や、電子署名を利用して行うことができます。
電子申請の入力においては、必ず令和8年6月1日以降に厚生労働省の公式案内から取得した指定の表計算ソフトの様式を利用する必要があり、画像化された電子文書での提出は不可とされています。
また、報告書の記入にあたっては、入力内容の不備を防ぐための「入力誤りを自動で確認する機能」の活用が強く推奨されています。これを利用することで、入力漏れや論理的な矛盾を事前に防ぎ、円滑な申告が可能となります。
3.企業が直面する課題と今後の見通し、そして報道機関が注目する「法令順守」と透明性
本報告手続きは、企業にとって単なる事務作業ではありません。報告を怠ったり、虚偽の報告を行ったりした場合の不利益は、金銭的なものにとどまらず、企業の社会的な信用に致命的な打撃を与える可能性があります。
①法令順守違反の危険性と「企業名公表」の衝撃
障害者雇用促進法において、報告義務を怠った場合や虚偽の報告をした場合は、30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。
さらに重い罰則として存在するのが「企業名の公表」です。高年齢者雇用安定法では、65歳までの雇用確保措置に関して国の勧告に従わない場合、企業名が公表される仕組みになっています。また、障害者雇用に関しても、定められた雇用割合が未達成であり、かつ改善計画の作成命令等に従わず、状況の向上が見られない場合には企業名が公表されます。
企業の社会的責任が重視される現代市場において、「障害者の雇用割合を満たしていない」「高齢者の雇用確保に消極的である」として企業名が公表されることは、社会的信用の失墜、企業価値の低下、採用活動への悪影響(人材獲得力の低下)など、計り知れない打撃をもたらします。報道機関もこうした企業名公表の動向には敏感であり、働き手や社会を大切にしない企業という厳しい評価を受けかねません。
②情報公開制度による「透明性」の要求
提出された報告書は、行政機関の保有する情報の公開に関する法律に基づく開示請求の対象となります。
もちろん、個人を識別できる情報や、法人の正当な利益を害するおそれのある情報(例えば、役職名や氏名、詳細な事業所別の障害者数など)は開示されないよう保護されます。しかし、それ以外の全体的な雇用状況や制度の導入状況については、労働組合、研究機関、報道機関、あるいは一般市民によって開示請求が行われ、社会に広く示される可能性があるのです。
つまり、企業が「どのような制度を持ち、どれだけの多様な人材を受け入れているか」は、もはや社内だけの秘密情報ではなく、社会全体が注視する情報となりつつあると言えます。
③今後の見通し:「人を活かす情報」の開示と見せかけの雇用の限界
現在、上場企業を中心に、従業員の能力や多様性に関する情報を積極的に開示する流れが加速しています。企業価値は財務上の数値だけでなく、従業員の技能、多様な人材の受け入れ、会社への貢献意欲といった無形の要素によって測られる時代です。
高年齢者・障害者雇用状況等報告の内容は、まさにこの「人を活かす情報」の中核をなす数値です。今後は、単に「法的な基準を表面上だけ満たすため」といった消極的な対応や、業務の実態が伴わない見せかけの雇用は、関係者から厳しく見透かされるようになるでしょう。
企業に求められるのは、以下のような本質的な課題解決です。
職務内容を明確にした雇用の導入や業務の再設計
年齢や障害の有無に関わらず、本人の能力や適性に応じた業務を切り出し、正当に評価する仕組みの構築。
職場環境の障壁除去
物理的な段差の解消だけでなく、心理的な安心感や意思疎通の円滑化を図る無形の支援。公的な機関が提供する職場定着支援の専門家などの活用も有効です。
精神的・身体的な健康管理の推進
高年齢者が長く健康に働き続けられるような予防医療や、心の健康づくりの拡充。
令和8年の高年齢者・障害者雇用状況等報告は、我が国の労働市場が直面する危機的状況に対する、政府の強い危機感と対応策が反映されたものです。
企業はこの報告業務を「年に1度の面倒な事務作業」と捉えるべきではありません。自社の人事制度が法令に適合しているかを棚卸しし、誰もが持てる能力を発揮できる組織へと変革するための「経営戦略の確認の場」として活用すべきです。
正確な数値に基づき、適切な手続きを行うことは法令順守の第一歩です。そして、その先にある「多様な人材の能力を最大限に引き出し、企業の持続的な成長と新たな価値の創造へと転換していくこと」こそが、真に報道機関の注目を集め、社会から支持される企業となるための最短経路なのです。
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