2026年衆院選の弔鐘:老害去って「空虚」が残る——大石晃子の敗走と、自民に魂を売った維新の「ゾンビ」行進
- 坂の上社労士事務所
- 3 日前
- 読了時間: 6分

【はじめに】政治は「結果」であり、「レトリック」の逃げ場ではない:衆院選2026
2026年2月8日。昨夜の開票結果が示したのは、自民党の強さ以上に、野党の「不純さ」と「無能さ」であった。かつての政治家は、敗北すれば「私の力が及ばなかった」と潔く身を引き、責任の取り方を見せることで、かろうじて政治家としての美学を保ってきた。しかし、今回の衆院選後の会見で、れいわ新選組の大石晃子代表や日本維新の会の幹部たちがさらけ出したのは、美学の欠片もない「特権への執着」である。
彼らは自民党を「腐敗している」と叩く。だが、今の彼らはその自民党が持つ「なりふり構わず勝利と権力を掴みに行くプロフェッショナリズム」の足元にも及んでいない。
1.老害の退場という「功績」の後に訪れた絶望
今回の選挙で、小沢一郎、岡田克也、枝野幸男といった、かつての野党の重鎮たちが表舞台から消え去った。老害が去ることは、本来であれば良いことだ。彼らが議席を占拠し続けることで、野党の時間は30年前から止まったままだった。彼らの退場は、本来であれば新しい風が吹き込むはずの「新陳代謝」のチャンスであったはずだ。
しかし、その後に現れたのが、大石晃子氏のような「言い訳の達人」や、吉村洋文代表率いる「与党になりたいだけの変節者」であるならば、それは進化ではなく「単なる劣化」でしかない。古い巨木が倒れた後に芽吹いたのは、実を結ばない徒花と、自分たちの議席という養分を吸い取るだけの雑草だったのだ。
2.大石晃子氏の「自民党化」——言葉の魔術で隠す敵前逃亡
れいわ新選組の大石晃子共同代表が行った会見は、多くの有権者を呆れさせた。自身の落選、そして党の議席減という明白な「失敗」を前にして、彼女が口にしたのは、「今すぐ幹部を刷新することが、長期的に見てどうなのか」というレトリックであった。
批判のブーメラン
この論理は、自民党が不祥事のたびに繰り返してきた「今は混乱を避けるべき」「長期的な継続性が優先」という言い訳と、寸分違わず同じである。大石氏はこれまで、自民党の無責任な居座りを誰よりも激しく「恥を知れ」と糾弾してきたはずだ。しかし、いざ自分が結果を出せず、責任を問われる立場になると、その「無責任な自民党」の論理を、まるで自分たちの特権であるかのように使い始めた。
潔さの欠如
政治は結果がすべてである。結果を出せなかったのであれば、潔く責任を認め、後進に道を譲る。それこそが、次なる戦いに備えるための唯一の誠実な対応だ。それを「長期的に見て」などという言葉で煙に巻くのは、単に「今のポジションを失いたくない」という卑小な執着でしかない。
3.維新の「ゾンビ肯定」——「第2自民党」としての完成
一方、日本維新の会はさらに酷い。高市政権のパートナーとして連立与党入りし、もはや批判勢力としての牙を完全に失った彼らは、「第2自民党」という呼び名すら生温い「自民党の補完装置」へと成り下がった。
吉村代表の「実質沈黙」とゾンビ議員
「議員定数削減」を叫び、「身を切る改革」を金科玉条としてきた維新にとって、小選挙区で有権者に「NO」を突きつけられた人間が比例で救済される「比例復活(ゾンビ議員)」は、本来最も忌むべき特権のはずだ。しかし、フジテレビの選挙特番の中で、橋下徹氏による「比例復活した維新議員をどう扱うのか」という問いに対し、吉村代表はまともに答えられず、実質的に沈黙した。他人の特権は削るが、自分たちの「安全装置」は聖域。この滑稽な二重基準こそ、今の維新の正体だ。
自民党との「最高のコンビ」
かつて「既得権打破」を叫んで支持を集めた彼らは、今や自民党という母体と寄り添い、共に特権を貪るパートナーとなった。比例復活という蜜を啜りながら「改革」を語る姿は、もはや笑い草ですらある。自民党と維新のコンビ。それは国民を救うためのものではなく、政治家という「特権階級」が、いかにして制度を悪用して生き残るかを体現した、醜悪な共同体である。
4.政治家は「すべて一緒」という共通の病理
なぜ、どの政党も同じような末路を辿るのか。それは、ひとたび国会議員という「特権階級」に足を踏み入れれば、右も左も、れいわも維新も、等しく「権力という名の麻薬」に汚染されるからだ。
潔さの喪失
本来、政治家は「使い捨ての道具」であるべきだ。役に立たなければ捨てられ、新しい道具に替わる。それが民主主義だ。しかし、大石晃子氏も吉村氏も、自らを「替えの利かない聖域」だと思い込んでいる。
新陳代謝の拒絶
後進に道を譲ることを「敗北」と捉え、それを避けるために「長期的な視点」という逃げ口上を駆使する。
言葉の劣化
「日本を守る」「身を切る」といった言葉が、単なる集票のための記号に成り下がっている。
結局、彼らは「国民のため」と言いながら、その実、自分たちの「歳費」と「地位」という名の特権を死守することに、全神経を注いでいる。
5.感情論では自民党の「冷徹なプロ意識」に勝てない
自民党の強さは、その「冷徹なプロ意識」にある。彼らは「何が正しいか」ではなく「どうすれば勝てるか」という一点において、驚異的な修正能力と団結力を見せる。
それに対し、現在の野党は「感情論」と「レトリック」だけで立ち向かおうとしている。
大石晃子氏のように、「私たちは正しい」と言い張りながら落選の責任も取らない。
維新のように、「改革だ」と言いながら比例復活の果実を貪る。
こうした「言葉と行動の不一致」は、政治の世界では致命的だ。自民党がなりふり構わず「結果」を取りに行く姿勢に対し、野党はなりふり構わず「自分の椅子」を守りに行っている。この差がある限り、野党は「消滅野党」への道をひた走るのは自明の理である。
【結論】2026年、私たちは「政治の死」を看取らなければならないのか
小沢氏ら老害が去ったことは、日本の政治にとって数少ない「良いニュース」であった。しかし、その後に現れたリーダーたちが、責任感も潔さも持たない「さらなる劣化版」であったことは、有権者にとっての悲劇である。「政治は結果」である。結果を出せず、責任も取らず、特権に安住する者は、保守であろうが革新であろうが、等しく「政治の不純物」である。
大石晃子氏に問いたい。あなたが批判してきた「無責任な自民党」と、今のあなたは何が違うのか。吉村代表に問いたい。比例復活という特権に縋り付くあなたがたが、どの口で「定数削減」を語るのか。
2026年、日本の野党は死んだ。残っているのは、自民党と手を組んだ「第2自民党」と、自分の正義という殻に閉じこもった「言い訳の達人」だけである。潔く敗北を認め、後進に道を譲る。その最低限の「政治家の美学」すら持てない者たちに、この国の未来を語る資格はない。私たちは今、この腐りきったプロ政治家たち全員に対し、レッドカードを突きつける時が来ている。
坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応)
マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠 代表 特定社会保険労務士 前田力也
水道橋オフィス 東京都千代田区神田三崎町2-17-5稲葉ビル203
国分寺オフィス 東京都国分寺市本町4-7-5サンプラビル2階【立川市・八王子市・国分寺市・武蔵野市など多摩エリア・中央線沿線対応】
お問い合わせ support@sakanouehr.com
電話03-6822-1777
