【令和8年度 算定基礎届・社会保険実務の完全解説】必見!多様化する働き方と制度改正の裏側〜社労士が紐解く3つの視点と今後の展望〜
- 坂の上社労士事務所

- 1 日前
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毎年7月に行われる社会保険の「算定基礎届」の提出は、企業の人事労務担当者にとって最も重要かつ負担の大きい業務の一つです。しかし、令和8年度(2026年度)の算定基礎届は、単なるルーティンワークとして処理することは許されません。
「年収の壁」対策として注目される新手当の創設、テレワークの普及に伴う各種手当の取り扱いの厳格化、若手人材確保のための奨学金代理返還制度の活用など、現代の多様化する働き方に合わせた劇的なルール変更が交錯しているためです。
本記事では、企業の経営陣に向けて、令和8年度の算定基礎届および社会保険実務の要点を、社会保険労務士の専門的な視点から3つの視点で徹底的に分析・解読します。今後の労務コンプライアンスの動向や、実務上の重要課題についても深く掘り下げて解説いたします。
令和8年度「算定基礎届」の基本概要と今年のスケジュール
健康保険および厚生年金保険では、被保険者の実際の報酬と、保険料計算のベースとなる「標準報酬月額」に大きな差が生じないよう、毎年1回、標準報酬月額の見直しを行います。これが「定時決定(算定基礎届)」です。
対象者:7月1日現在で使用しているすべての被保険者が対象となります。
対象期間:原則として、その年の4月、5月、6月に支払われた賃金(報酬)が計算の基礎となります。
適用期間:決定された標準報酬月額は、原則としてその年の9月から翌年8月までの1年間にわたって適用されます。この月額が、毎月納める社会保険料や、将来受け取る年金額の計算基礎となるため、極めて重要な手続きです。
提出期間:令和8年度の提出期間は、7月1日(水)から7月10日(金)までと定められています。
推奨される提出方法:行政手続きのデジタル化推進の観点から、電子政府の総合窓口(e-Gov)を通じた電子申請が強く推奨されています。
このように基礎的な枠組みは例年通りですが、算定の対象となる「報酬」の範囲や計算方法において、今年は多くの企業が見落としがちな重要な変更点が存在します。次項より、3つの視点でその詳細を紐解いていきます。
1.法改正と新制度の全貌〜「年収の壁」対策と現物給与の改定〜
①「社会保険適用促進手当」の特例と実務上の運用
短時間労働者に対する社会保険の適用拡大が進む中、新たに社会保険に加入する労働者の手取り減少(いわゆる「106万円の壁」)を防ぐため、事業主が支給する「社会保険適用促進手当」の取り扱いが極めて重要になっています。
通常、労働の対償として支払われる手当はすべて「報酬」に含まれ、社会保険料の算定基礎となります。しかし、この手当には特例が設けられています。
特例の内容:新たに発生した本人負担分の社会保険料相当額を上限として、標準報酬月額および標準賞与額の算定から「除外」されます。
対象者の要件:標準報酬月額が「10.4万円以下」の労働者に限られます。
期間の上限:最大2年間という時限的な措置です。
実務上の注意点:算定から除外できる限度額(本人負担分の保険料相当額)を超えて手当を支給した場合、その「超過分」については標準報酬月額の算定に含める必要があります。また、月額変更等により標準報酬月額が10.4万円を超えた場合は、超えた月からこの手当全額を算定に含めることになり、固定的賃金の変動として扱われます。
【専門家の解説・今後の動向】
この特例は、労働力不足に悩む企業にとって、パートタイマーの労働時間延長を促す強力なインセンティブとなります。しかし、給与計算システム上の設定や、算定基礎届への除外金額の記載ミスが多発することが懸念されます。企業は「除外できる上限額」を毎月正確に把握し、適切に届出を行う高度な労務管理能力が求められます。
②令和8年からの「現物給与の価額」の歴史的改定
報酬が金銭ではなく、食事や住宅等の「現物」で支給される場合、厚生労働大臣が定める価額に換算して報酬に算入する必要があります。この現物給与の価額に関して、令和8年度に大きな改正が行われます。
食事による現物給与:令和8年4月1日から新しい価額が適用されます。
住宅による現物給与:令和8年10月1日より、従来の「畳一畳につき」の計算から、「総面積1平方メートルにつき」の価額へと算出方法が根本的に変更されます。
【専門家の解説・今後の動向】
特に住宅(社宅・寮)の評価方法が「面積(平方メートル)基準」へ移行することは、長年の慣習であった「畳数」からの脱却を意味し、洋室化が進む現代の住宅事情に適合させる政府の意図が見えます。企業は令和8年10月に向けて、全社宅の平方メートル数を正確に把握し、給与計算マスターを改修する準備が急務となります。
2.多様化する働き方への適応〜テレワークと奨学金代理返還〜
①テレワークにおける交通費と「在宅勤務手当」の境界線
在宅勤務を実施する従業員に対する手当や交通費が、社会保険料の算定基礎(報酬等)に含まれるか否かは、実務現場で最も質問が飛び交うテーマです。判断の分水嶺は「実費弁償」にあたるか否かです。
②若手人材確保の切り札「奨学金返還支援(代理返還)」
将来の担い手となる若手社員を支援するため、企業が日本学生支援機構(JASSO)の奨学金を代理で返還する制度の導入が急増しています。
社会保険上の取り扱い:企業が社員の給与とは別に、直接JASSOへ返還金を送金する場合、その返還金は社員の通常の生計に充てられるものではないため、原則として社会保険の「報酬等」には該当しません。
例外(落とし穴):ただし、給与規程等に基づき、本来支給すべき「給与に代えて」直接送金を行う場合は、労働の対償の代替措置とみなされ、「報酬等」に該当してしまいます。
【専門家の解説・今後の動向】
奨学金の直接送金(代理返還)は、社会保険料の対象外となるだけでなく、所得税も非課税となり得る(一定の要件あり)など、労使双方に絶大なメリットがあります。さらに企業側は給与として損金算入でき、「賃上げ促進税制」の対象にもなり得ます。人材獲得競争が激化する中、この制度を正しく設計・運用できる企業が採用市場で圧倒的優位に立つことは間違いありません。
3.実務の現場で直面するコンプライアンス上の重要課題
①「短時間労働者」と「短時間就労者(パート)」の明確な区分
算定基礎届において最も計算ミスが起こりやすいのが、労働時間の短い従業員の取り扱いです。法的な定義により、算定の対象となる「支払基礎日数」の基準が異なります。
短時間労働者(社会保険の適用拡大対象者等):週の所定労働時間が20時間以上等の要件を満たす者。この場合、支払基礎日数が「11日以上」の月を算定の対象とします。
短時間就労者(従来のパートタイマー):正規社員より短時間の労働条件で働く者で、上記の適用拡大要件に該当しない者。原則として支払基礎日数が「17日以上」の月を対象としますが、3ヶ月とも17日未満の場合は「15日以上」の月を対象とします。
②繁忙期特有の不当な等級上昇を防ぐ「年間報酬の平均による算定」
4月〜6月が繁忙期にあたり、残業代等でこの3ヶ月の給与が突出して高くなる業種(例:農繁期、決算期の特定の業種など)の場合、通常の定時決定を行うと、年間平均に比べて標準報酬月額が不当に高くなってしまいます。
特例の要件:「4〜6月の平均額から算出した等級」と「前年7月から当年6月までの年間平均額から算出した等級」の間に2等級以上の差が生じ、それが業務の性質上例年発生することが見込まれる場合、年間平均で標準報酬月額を決定できます。
実務上の手続き:この特例を適用するには、「事業主の申立書」と、不利益変更とならないための「被保険者の同意」を添付して提出する必要があります。
③一時帰休(休業)や遡及支払いが発生した場合のイレギュラー対応
業績悪化等による一時帰休(休業)や、給与改定の遅れによる遡及支払い(バックペイ)が発生した場合、標準報酬月額の算定は極めて複雑化します。
一時帰休と定時決定:7月1日時点で一時帰休が「解消していない」場合は、低額な休業手当等を含めた報酬で決定します。一方、7月1日時点で「解消している」場合は、休業手当を除いた通常の月のみの平均で決定します。
遡及支払い(昇給差額の遅延払い等):3月以前にさかのぼって昇給し、その差額を4〜6月に受け取った場合、その「差額分」は算定基礎届の報酬月額の総計から除外して計算しなければなりません。
④定時決定を待たずに改定する「随時改定(月額変更届)」の罠
昇給や降給、手当の創設・廃止など「固定的賃金」に変動があった場合、定時決定を待たずに「随時改定(月額変更届)」を行う必要があります。
随時改定の3要件:①固定的賃金に変動があること、②変動月以降継続する3ヶ月とも支払基礎日数が17日(短時間労働者は11日)以上あること、③3ヶ月の平均報酬額と現在の標準報酬月額に2等級以上の差が生じること。
コンプライアンス上の盲点:残業代などの「非固定的賃金」の変動のみでは随時改定の対象になりません。しかし、固定的賃金がわずかでも上がり(例:基本給1,000円アップ)、同時に残業代が激増して2等級以上上がった場合は、随時改定の対象となります。これを見落とすと、重大な保険料の未納(追徴)リスクに直面します。
今後の見通し
令和8年度の算定基礎届は、ただ数値を埋めるだけの作業ではありません。社会保険適用促進手当の時限措置、現物給与の面積基準へのシフト、そして多様な働き方を反映したテレワーク手当や奨学金返還支援の取り扱いなど、企業を取り巻く法規制はかつてないほど複雑化・高度化しています。
年金事務所の行政調査(総合調査)は定期的に実施されており、これらのルールの解釈誤りや手続き漏れが発覚した場合、過去最大2年間に遡って社会保険料の追徴が行われます。これは企業のキャッシュフローに甚大なダメージを与えるだけでなく、従業員の将来の年金額や傷病手当金の受給額を不当に下げることにも直面し、深刻な労使トラブルへと発展しかねません。
【事業主の皆さまへ】令和8年度の算定基礎届のご提出について(日本年金機構)
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