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【令和9年1月1日適用開始】療養・育児・介護による「標準報酬月額の特例改定」社労士が読み解く3つの視点と実務対応

  • 執筆者の写真: 坂の上社労士事務所
    坂の上社労士事務所
  • 1 日前
  • 読了時間: 7分
標準報酬月額の特例改定

近年、働く人々のライフスタイルは多様化し、病気の治療や育児、家族の介護と仕事の両立が社会的な重要課題となっています。企業においても、貴重な人材の離職を防ぐため、柔軟な働き方を支援する制度の拡充が求められています。

こうした状況を背景に、厚生労働省は令和8年7月31日付で「療養、育児又は介護により報酬が急減した者についての健康保険法及び厚生年金保険法の標準報酬月額の保険者算定の特例について」という重要な通知を公表しました。この制度は、令和9年1月1日から適用されます。  

本記事では、この新しい「特例措置」について、社会保険労務士の専門的な見地から、1.制度の核心と背景、2.実務への影響と手続き、3.今後の見通しと労務管理の課題という3つの視点で徹底的に解説し、企業の人事労務担当者が取るべき具体的な対応策を提示します。


1.【制度の核心と背景】「随時改定の3か月要件」が見直された政府の狙い

①従来の制度における課題:「報酬減」と「社会保険料」のタイムラグ

社会保険料(健康保険料・厚生年金保険料)は、原則として毎年1回の「定時決定(算定基礎届)」によって決定されますが、昇給や降給などで固定的賃金に大きな変動があった場合には、年の途中でも標準報酬月額を改定する「随時改定(月額変更届)」という仕組みがあります。

しかし、従来の通常の随時改定では、固定的賃金の変動があった月から3か月間の報酬実績を見て、2等級以上の変動が生じた場合に、4か月目から新しい標準報酬月額が適用されるルールとなっています。この「3か月の実績を要する」というルールが、両立支援の大きな障壁となっていました。  

例えば、従業員が育児や介護、あるいは自身のがん治療などの療養を理由に、会社と合意の上で所定労働時間を短縮(就労調整)したとします。労働時間が短くなるため、当然ながらその月からの給与(報酬)は急減します。しかし、従来の仕組みでは、標準報酬月額が改定されるまでには固定的賃金の変動があった月から3か月を要するため、その間は「給与は減っているのに、社会保険料は以前の高い金額のまま差し引かれる」という状態が発生していました。結果として手取り額が極端に少なくなり、生活を圧迫することで、就労継続を断念してしまうケースも少なくありませんでした。  

②政府の狙い:両立支援を後押しする迅速な保険料引き下げ

こうした課題を解決するため、今回の特例措置が創設されました。療養等と仕事の両立を支援する観点から、就労調整の結果として標準報酬月額が2等級以上低下する場合には、通常の随時改定の取扱いによらず、より速やかに現状に適合した形で標準報酬月額を改定できるようにしたことが、この制度の最大の眼目です。これにより、働き方を変更した直後から適正な社会保険料となり、手取り額の極端な減少を防ぐことが可能になります。  


2.【実務への影響と手続き】特例措置の対象者と具体的な仕組み

①特例措置の適用対象者と要件

この特例措置は、すべての報酬減に適用されるわけではありません。以下の要件をすべて満たす必要があります。  

  1. 療養、育児又は介護と仕事を両立するための就労調整が行われていること。

    ※療養:本人や家族の傷病治療、看護など。

    ※育児:小学校就学前までの子の養育。

    ※介護:要介護・要支援認定を受けている家族の介護。  

  2. 就労調整により報酬が急減し、従前の標準報酬月額に比べて2等級以上低下し、かつその状態が3か月以上続くことが予め見込まれること。  

  3. 特例措置による改定を行うことについて、対象者が書面で同意していること。  

②特例措置における「改定月」の考え方

通常の随時改定では4か月目から改定されますが、この特例措置では、報酬減となった初月に受けた報酬の総額を基に、報酬が減少した月の翌月から標準報酬月額を改定することができます。

ただし、注意が必要なのは「支払基礎日数」の取り扱いです。通常の随時改定と同様に、支払基礎日数が17日(特定の場合は11日)未満となる場合は特例措置の対象外となります。しかし、特例として、所定労働日数に変更がなく使用関係が継続していれば、療養等のために勤務しなかった日も支払基礎日数として取り扱うことができるという柔軟な運用がなされます。  

③報酬が元に戻った場合の取り扱い

療養や介護が落ち着き、就労調整が終了または縮小したことで報酬が増加することもあります。この場合、増加後の報酬を基にした標準報酬月額が、特例措置で改定された標準報酬月額に比べて2等級以上上昇した場合には、固定的賃金の変動の有無にかかわらず、速やかに届け出を行い、報酬増となった初月に受けた報酬の総額を新たな標準報酬月額として改定しなければなりません。

  

3.【社労士が警告する注意点と今後の見通し】労務管理上の課題と企業の実務対応

①最大の留意点:従業員への「不利益事項」の十分な説明と書面同意

企業の実務担当者が最も注意すべき点は、本特例措置の適用には従業員本人の「書面による同意」が必須であるということです。社会保険料が引き下がることは、目先の手取り額が増えるというメリットがある一方で、将来受け取る年金給付額が減少するという重大なデメリットを伴います。

また、健康保険の傷病手当金や出産手当金は、支給開始日以前の標準報酬月額をベースに計算されるため、これらの手当金の受給額が減少する可能性もあります。企業はこれらの影響について対象者に十分に説明し、本人が納得した上で同意を得なければなりません。後々の労使トラブルを防ぐためにも、説明内容を記録した合意書などの整備が急務となります。  

②書類の保存義務と手続きの適正化

本特例措置を利用する場合、事業主は、日本年金機構等への届出内容が事実であることを確認できる書類(就労調整の原因となった療養の事実を証明する医師の診断書、子の年齢証明、介護認定の証明書、出勤簿、賃金台帳など)を、届出日から2年間確実に保存する義務を負います。これは事後的な確認や調査に対応するためのものであり、社内の文書管理規程等を見直し、適切な保管体制を構築しておく必要があります。  

③今後の見通し:制度活用のための社内フロー構築のすすめ

令和9年1月の適用開始に向けて、企業は自社の就業規則(育児介護休業規程や短時間勤務規程など)と実際の運用手順を見直す時期に来ています。単に制度が存在するだけでなく、従業員から「治療と仕事を両立したい」「親の介護が必要になった」と相談を受けた際に、人事担当者がこの特例措置の存在を提示し、迅速かつ適切に対応できる社内体制(面談フローや書類フォーマットの整備)を構築できるかどうかが、真の「働きやすい職場」を実現する鍵となります。


まとめ

今回の標準報酬月額の特例改定は、育児・介護・療養と仕事の両立を目指す従業員にとって、当面の経済的不安を和らげる非常に有意義な制度改正です。企業にとっても、人材定着率の向上やエンゲージメントの強化に直結する施策となります。

一方で、将来の年金への影響など複雑な要素を含むため、人事労務担当者にはこれまで以上に高度な専門知識と、従業員一人ひとりに寄り添った丁寧なコミュニケーション能力が求められます。適用開始となる令和9年1月に向け、今から着実に実務上の準備を進めていきましょう。


療養、育児又は介護により報酬が急減した者についての健康保険法及び 厚生年金保険法の標準報酬月額の保険者算定の特例について(厚生労働省)


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