【専門家解説】在留資格「経営・管理」の大規模改正。資本金3000万円・雇用義務化が示す外資系企業のパラダイムシフトと、直面する労務・コンプライアンスの壁
- 坂の上社労士事務所

- 3 日前
- 読了時間: 10分

令和7年(2025年)10月16日より、外国人が日本で会社を設立・経営する際に必要となる在留資格「経営・管理」の許可基準が大幅に改正・施行されました。これまでの基準を根本から覆す歴史的な大改正であり、これから日本で起業を目指す外国人だけでなく、すでに日本で事業を営んでいる経営者にも甚大な影響を及ぼします。
本稿では、人事労務の専門家である特定社会保険労務士の視点から、この複雑かつ厳格化された新制度を3つの視点で要約・解読し、政府の真の狙い、今後の経済動向への影響、そして実務上企業が直面する課題とその抜本的解決策について、メディア関係者や企業の皆様へ向けて深く解説いたします。
3つの切り口で読み解く「新・経営管理ビザ」の本質
今回の改正は、単なる要件の引き上げではありません。日本政府が求める「外国人起業家像」の明確な転換(パラダイムシフト)を意味しています。これを以下の3つの視点で紐解きます。
1.財務基盤と人材確保の圧倒的厳格化 ——「ペーパーカンパニー」の完全排除
旧制度において「資本金500万円以上」または「2名以上の常勤職員の雇用」のいずれかを満たせばよかった要件が、新制度では「資本金3,000万円以上」かつ「1名以上の常勤職員の雇用」の【両方】が必須となりました。これにより、実態のないペーパーカンパニーや、極小規模でのスモールスタートは事実上不可能となります。日本経済に真のインパクトを与える、強固な財務基盤と雇用創出能力を持つ企業のみを受け入れるという政府の強い意志が表れています。
2.「ビジネスの具体性」と「言語の壁」の解消 —— 専門家による第三者評価の導入
新たに、事業計画書に対して中小企業診断士、公認会計士、税理士といった経営の専門家による「客観的な評価・確認」が義務付けられました。さらに、申請者または雇用する常勤職員のいずれかに「相当程度の日本語能力(B2・N2相当以上)」が求められます。これは、日本国内での商取引や行政手続きにおいて、コミュニケーションの齟齬によるトラブルを防ぎ、事業の実現可能性を担保するための措置です。
3.公租公課と労務管理の徹底審査 —— 社会保険労務士が警鐘を鳴らす最大の関門
在留期間の更新時において、労働保険(労災・雇用)、社会保険(健保・厚生年金)、そして国税・地方税の納付状況が極めて厳格に審査されることになりました。また、原則として「自宅兼事務所」は認められなくなり、独立した事業所の確保が必須となります。これは、日本の法制度を遵守し、適正な労務管理と納税を行う「優良な経営者」でなければ、日本での事業継続を許さないという明確なメッセージです。
法律・制度改正の完全解剖(改正前後の比較と詳細)
今回の法改正(出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の基準を定める省令等の改正)の内容を、より詳細に比較・分析します。
項目 | 旧基準(改正前) | 新基準 (令和7年10月16日施行) |
資本金・出資総額 | 500万円以上 | 3,000万円以上 |
雇用義務 | なし(※資本金要件を満たさない場合のみ2名以上の雇用で代替可) | 1名以上の常勤職員の雇用を義務化 |
経歴・学歴 | なし | 経営管理経験3年以上、または経営分野に関する修士相当以上の学位 |
日本語能力 | なし | 申請者または常勤職員のいずれかが相当程度の日本語能力(B2等)を有すること |
事業計画の専門家確認 | なし | 新規事業計画について、経営に関する専門的な知識を有する者(中小企業診断士等)の確認を義務付け |
1.「3,000万円」の定義と証明の壁
法人の場合、この3,000万円は「株式会社における払込済資本の額」などを指し、資本準備金や利益剰余金は含まれません。一方、個人事業主の場合は資本金という概念がないため、「事業所の確保や雇用する職員の給与(1年間分)、設備投資経費など、事業を営むために投下されている総額」が3,000万円以上であることを、決算文書や領収書等で厳格に証明する必要があります。
2.「常勤職員」の極めて厳格な定義
単に人を雇えばよいわけではありません。対象となるのは、日本人、特別永住者、または「永住者」「日本人の配偶者等」といった就労制限のない身分系在留資格を持つ外国人に限られます(就労ビザを持つ外国人は不可)。さらに、常勤職員として認められるための待遇基準が明確化されました。
週労働時間が30時間以上、かつ年間217日以上であること。
雇用保険の被保険者であること。
6ヶ月継続勤務で全労働日の8割以上出勤した場合、10日以上の年次有給休暇を付与すること。
派遣、請負、在籍出向の形態は不可。
3. 日本語能力の客観的証明
「相当程度の日本語能力」とは、「日本語教育の参照枠」におけるB2相当以上と定義されています。具体的には、日本語能力試験(JLPT)N2以上、BJTビジネス日本語能力テスト400点以上、日本の高等教育機関の卒業、または中長期在留者として20年以上の在留といった要件を満たし、合格証や卒業証明書等で客観的に証明する必要があります。
なぜここまで厳格化されたのか
日本の労働力人口が減少する中、海外からの優秀な人材や投資を呼び込むことは国策です。しかし、旧制度下においては、実質的な事業活動を伴わない外国人が、500万円という比較的容易に用意できる資金を見せ金にして在留資格を取得し、その後は事業を行わずに不法就労に走る、あるいは社会保険料や税金を逃れるといった不適切事案が散見されました。
今回の改正の最大の狙いは、「質の高い外国人起業家の選別」と「社会保険・労働保険制度へのフリーライド(ただ乗り)の防止」です。
業務の大半を外部委託し、経営者としての活動実態がない場合や、正当な理由なく長期間日本を出国している場合は、在留期間の更新が認められなくなりました。政府は、日本にしっかりと腰を据え、適正な手続きで日本人や永住者を雇用し、適正に税と社会保険料を納める「真の経営者」だけを求めているのです。
既存の経営者が直面する「3年後の壁」
これから起業する外国人はもちろんですが、最も警戒すべきは「すでに日本で『経営・管理』の在留資格を持って事業を営んでいる経営者」です。
猶予期間は「施行日から3年」
令和7年10月16日の施行日前に受け付けられた申請や、既に在留中の方の更新申請については、当面は旧基準が適用されます。しかし、施行日から3年を経過する日(令和10年10月16日)以降になされる更新申請からは、原則として新基準(資本金3000万円・雇用1名以上など)への適合が求められます。
例外として、3年経過後の更新時に新基準を満たしていなくても、「経営状況が良好であり、法人税等の納付義務を適切に履行しており、次回更新申請時までに新基準を満たす見込みがある」と判断されれば救済される余地はありますが、それはあくまで総合的判断によるものであり、確約されたものではありません。既存の経営者は、向こう3年以内に事業規模を大幅に拡大し、常勤職員を雇用できる体制を構築しなければ、日本から退場を余儀なくされるという厳しい現実が突きつけられています。
公租公課等の提出書類の膨大化
更新時には、以下の書類提出が義務付けられ、一つでも未納や手続き漏れがあれば更新が危ぶまれます。
労働保険:雇用保険の資格取得、保険料納付、労災保険の適用状況。
社会保険:健康保険・厚生年金保険の資格取得、保険料納付。
国税:源泉所得税、法人税、消費税等。
地方税:法人住民税、法人事業税等。
社会保険への加入義務がない個人事業主であっても、加入義務がないことの説明に加え、従業員の国民健康保険への加入状況等を提出するよう求められる場合があります(事業主自身の国保加入状況は必須)。
エンプロイーファーストとバックオフィス自動化のすすめ
社会保険労務士としての実務経験から断言できるのは、この新制度下において外国人経営者が最もつまずくのは、資金集めよりも「常勤職員の適正な労務管理」と「複雑な公租公課の毎月の処理」です。
日本の労働法制は非常に複雑であり、有給休暇の管理義務や、最低賃金の改定、労働・社会保険の年度更新や算定基礎届など、毎月・毎年のように煩雑な行政手続きが発生します。これを経営者自身が手作業で行おうとすれば、本業である事業拡大に割くべきリソースが枯渇します。
「雇わなければならない」から「活躍してもらう」への意識改革
常勤職員の雇用が義務化された以上、コストとして捉えるのではなく、事業成長のコアメンバーとして迎え入れる「エンプロイーファースト(従業員第一主義)」の経営理念が不可欠です。外国人経営者と日本人スタッフの間には、言語や文化の壁によるコミュニケーションの摩擦が生じがちですが、これを最小限に抑えるためには、属人的な管理から脱却する必要があります。
バックオフィスのデジタル化・クラウド化が生命線
これを解決する最強のソリューションが、ITクラウドツールを活用した「バックオフィス業務の自動化」です。
タイムカードや紙の出勤簿による勤怠管理、エクセルでの給与計算を即座に廃止し、クラウド型勤怠管理システムや給与計算ソフト(例:マネーフォワードクラウド、ジョブカン等)を導入してデータ連携を行うべきです。
これにより、以下のような絶大なメリットが生まれます。
コンプライアンスの自動遵守:雇用保険や社会保険料の控除ミス、最低賃金割れ、残業代の未払いといった「ビザ更新時の致命傷」となる法違反をシステムが自動的に防ぎます。
証明書類の即時出力:出入国在留管理庁から求められる膨大な法定帳簿(労働者名簿、賃金台帳、出勤簿)を、いつでも正確な状態で即座に出力できます。
コミュニケーション摩擦の低減:休暇申請や給与明細の確認がスマートフォンで完結するため、言語の壁を越えたスムーズな労務管理が実現し、従業員のエンゲージメント(定着率)が向上します。常勤職員が離職してしまい「雇用要件」を満たせなくなるリスクを未然に防ぎます。
ピンチをチャンスに変える組織づくり
在留資格「経営・管理」の厳格化は、見方を変えれば、日本の市場において「コンプライアンスを遵守する、信頼に足る優良企業」であるという強力なお墨付きを得ることと同義です。
資本金3,000万円という財務基盤を持ち、日本人や永住者を適正に雇用・処遇し、最新のITツールを駆使して透明性の高い組織運営を行う。この要件をクリアする企業は、金融機関からの融資や、他企業との取引においても圧倒的な信用を勝ち取ることができるでしょう。
制度改正に怯えるのではなく、これを機に自社の労務環境とバックオフィス体制を抜本的に見直し、デジタル化による強固な組織づくりを進めることこそが、日本で事業を成功させるための唯一にして最短の道です。専門家の知見をフル活用し、この変革期を力強く乗り越えていきましょう。
在留資格「経営・管理」に係る上陸基準省令等の改正について(出入国在留管理庁)
【本件に関する実務相談・お問い合わせ】
今回の記事に関連する実務のご相談や顧問契約のお問い合わせなど、当事務所までお気軽にご相談ください。メディア関係者様からの解説依頼、取材も随時承っております。
坂の上社労士事務所/給与計算・就業規則・助成金・社会保険・労務相談・人事評価(東京都千代田区神田三崎町/全国対応)
マネーフォワード公認プラチナメンバー/マネーフォワード給与・勤怠
代表 特定社会保険労務士 前田力也
水道橋オフィス 東京都千代田区神田三崎町2-17-5稲葉ビル203
国分寺オフィス 東京都国分寺市本町4-7-5サンプラビル2階【立川市・八王子市・国分寺市・武蔵野市など多摩エリア・中央線沿線対応】
お問い合わせ support@sakanouehr.com 電話03-6822-1777
メディア取材実績:週刊文春((株)文藝春秋)(【証拠ビデオ入手】東証上場企業・ライトアップが指南する厚労省助成金“不正受給”「おいしすぎる」「数千万円が自由に」)、TOKYO MX(堀潤 Live Junction」「医療保険制度改革で…負担増える逆転現象も」)、東京新聞『国保逃れ指摘「すでに把握しています」と言いつつ野放し 国や年金機構「脱法行為」是正がニブ過ぎるのは…』『維新だけではなかった「国保逃れ」 司法書士グループ企業でも「節約術」疑惑 厚労省「看過できない状況」』、『国保逃れ」に新たな手口 国の対策をすり抜ける「従業員型」とは…業者に接触した特定社労士が読み解く』、他

