【論考】なぜ薬害は繰り返されるのか? コロナワクチン9300人認定が問う「国の責任」
- 坂の上社労士事務所

- 2 時間前
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新型コロナワクチンの接種後、健康被害を訴える人々を救済する「予防接種健康被害救済制度」。その認定件数が、累計9,300件を超え、うち死亡認定も1,000件を上回りました(2025年11月時点)。これは、過去45年間のインフルエンザワクチンやMMRワクチンなど、他の全てのワクチンにおける被害認定の総数を、たった一つのワクチンが、わずか数年で上回るという異例の事態です。
これだけの甚大な被害が国の制度によって公式に認められているにもかかわらず、政府はこれを「薬害」とは認めていません。
そして今、この「救済はするが、責任は問われない」というねじれに対し、被害者やその遺族が「国の責任」を明確にする為、集団訴訟に踏み切る動きが起きています。
9,300人という数字は何を意味するのでしょうか。そして、なぜ私たちは「薬害」の歴史をまた繰り返そうとしているように見えるのでしょうか。その根本的な構造問題を問いかけます。
1.「救済」と「薬害」の深い溝
まず、現在の「健康被害救済制度」と「薬害」は、その目的が根本的に異なります。
救済制度は、「予防接種との因果関係が厳密に証明できなくても、否定できない場合は、接種に係る過失の有無にかかわらず、迅速に幅広く救済する」というものです。これは、国民に接種を広く推奨した国の「道義的責任」とも言えます。
一方で「薬害」とは、単に医薬品で健康被害が起きた(副作用)という事実だけを指すのではありません。歴史的に、サリドマイド、薬害エイズ、C型肝炎などの事例が示すように、「製薬企業や国(行政)が、そのリスクを認識していたにもかかわらず、情報提供を怠ったり、不適切な承認・販売を続けたりした結果、被害が拡大した」という国や企業の「瑕疵(かし)」=法的責任が、裁判などを通じて厳しく問われたものを指します。
政府が「薬害に該当するかは差し控える」と述べる背景には、この「法的責任(過失)」が司法的に確定していない、という論理があります。
ですが、9,300人を超える被害認定(=因果関係が否定できない健康被害)という重い事実を前に、「過失は問わないので救済金は支払う。しかし国の責任(薬害)は認めない」という姿勢は、被害者や多くの国民に深い不信感を抱かせています。
2.歴史の教訓:「裁判で勝たなければ認められない」構造
ここで、過去の薬害事件の歴史を振り返らなければなりません。
サリドマイドも、薬害エイズも、当初から国や企業が自らの非を認め、被害者を救済したわけではありません。被害が明らかになった後も、彼らは「科学的因果関係は不明」として責任を認めず、被害者たちは偏見と闘いながら、長く困難な裁判を起こし、その法廷でようやく国や企業の「不作為」や「過失」を証明し、公式な謝罪と「薬害」認定を勝ち取ってきました。
この歴史を知る者にとって、現在の状況は既視感(デジャブ)以外の何物でもありません。
「裁判をしてからでなければ薬害として認めない」という姿勢。それは、過去の薬害事件で国や企業が取った態度と瓜二つです。
この構図は、被害者に「救済金だけでは納得できない、なぜ被害が防げなかったのか責任を明らかにしたい」と、集団訴訟という重い負担を強いることにつながります。今、実際に起きている集団訴訟は、この歴史的構造がまたしても繰り返されていることの証左と言えます。
3.薬害を断絶できない「事後対応」という根本原因
この問題の核心は、日本の医薬品行政が持つ「事後対応」の限界にあります。
「殺人事件が起きてから警察が捜査に動き出す」のと同じように、「被害者が裁判で国や企業の法的責任を証明する」という「事件」が起きなければ、国は自ら「薬害であった」と認め、根本的な制度見直し(=予防)に動こうとしないように見えます。
しかし、医薬品行政に求められるのは、被害が起きた後の「救済(事後処理)」だけではありません。被害の「シグナル」が出た時点で、被害拡大を防ぐ「予防」こそが最も重要であるはずです。
9,300人超という救済認定数は、もはや「極めてまれ」な副反応ではなく、重大な「シグナル」ではなかったのでしょうか。
過去の薬害の最大の教訓は、「シグナルが出ていたにもかかわらず、『科学的因果関係が未確定』として対応を遅らせ、その間に取り返しのつかない被害が拡大した」ことにあります。
薬害を断絶するために必要なのは、被害者に司法の場で困難な立証を強いることではありません。国や企業が、健康被害のシグナルに対し「予防原則」に立ち返り、裁判の結果を待たずとも、自ら立ち止まって検証し、リスク情報を正確に国民に開示し、必要であれば迅速に使用を停止する——その仕組みと誠実さ以外にありません。
9,300人という数字は、単なる「救済件数」ではありません。それは、この国の医薬品行政と危機管理のあり方そのものに、そして「薬害の歴史から何を学んだのか」という重い問いを、私たち全員に突きつけています。
【本記事の執筆意図と私の立場について】
本記事の議論に先立ち、まず、新型コロナワクチン接種後に健康被害に遭われ、現在も療養や困難な状況におられる方々、そして不幸にもお亡くなりになられた方々とそのご遺族の皆様に対し、心よりお見舞い申し上げます。皆様の一日も早いご回復と、平穏な生活が戻ることを切に願っております。
その上で、本記事の執筆意図について説明します。
本記事は、社会保険労務士である前田が、厚生労働省の公式発表(疾病・障害認定審査会の審議結果等)や、各報道機関によって公開されている情報など、入手可能な客観的資料に基づき、新型コロナワクチン健康被害救済制度の運用実態と、それに伴う社会的な課題について論じたものです。
本文中における意見や考察は、すべて個人の見解であり、特定の団体や組織の意見を代弁するものではありません。
本記事の執筆意図は、特定の医薬品(ワクチン)の科学的評価や、公衆衛生上の意義そのものを論じたり、その是非を断定したりすることではありません。私自身、医薬品の恩恵は適切に享受すべきとの考えを持っており、例えばインフルエンザワクチンについては毎年接種しております。
そうした個々人の医療選択とは次元を別にし、私が社会保険労務士として着目したのは、「社会制度としての側面」です。
社会保険労務士は、日々、労働保険や社会保険といった「社会的なセーフティネット」の適正な運用に携わる専門家です。その立場から、国が国民に広く接種を推奨した医薬品によって、不幸にも健康被害が生じた場合に機能すべきセーフティネット(=健康被害救済制度)が、現在どのような実態にあるのか、そしてその認定件数が過去の歴史と比較して何を物語っているのかを、深く考察する必要性を感じました。
本記事で提示した「薬害」という言葉や歴史的経緯との比較は、特定の立場を煽動するためではなく、現在進行中の集団訴訟や、9,300件を超える救済認定という重い事実の背景にある構造的な問題を、社会全体で冷静に議論するための論点として提示したものです。
本記事が、読者の皆様にとって、この国の医薬品行政とセーフティネットのあり方について、多角的に思考する一助となることを願っております。
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