【特定社労士が徹底解説】雇用調整助成金等の不正受給100億円超が未回収に。会計検査院の指摘が示す今後の労働局の厳格化と企業実務への影響


令和8年(2026年)9月29日、会計検査院は厚生労働省に対して、雇用調整助成金をはじめとする各種助成金等の不正受給に係る返納金等の債権管理について、極めて異例とも言える是正改善の処置要求および意見を表示しました。本件の調査対象となった13都道府県労働局において、未返納となっている債権2,054件のうち、実に半数を超える1,046件、金額にして約104億7,800万円もの公金について、債権管理が不適切であったことが発覚しています。
なぜこのような巨額の未回収・管理不全が生じたのか、そしてこの指摘を受けて今後の助成金行政や労働局の対応はどのように変化するのか。特定社会保険労務士の視点から、法律や制度の変遷、実務上の注意点を含めて、3つの視点でわかりやすく解説します。
3つの視点で読み解く本件の要約
助成金行政の限界とコロナ特例による副作用
令和2年度以降に導入された新型コロナウイルス感染症に伴う特例措置(コロナ特例)により、支給要件の緩和と審査の簡素化が行われた結果、不正受給が相次いで発生しました。未曾有の申請数に対応するため労働局の業務が著しく逼迫し、その後の不正受給発覚時の債権管理(回収業務)にまで手が回らなくなったという行政側の構造的な課題が浮き彫りになっています。
ずさんな債権管理の実態と回収ノウハウの欠如
会計検査院の調査により、本来行われるべき納付督励や督促状の送付が長期間怠られていた事実が判明しました。さらに、法的手段である「強制履行」の手続きに対して労働局側にノウハウがなく、厚生労働本省からの具体的な指導も不足していたことが明らかになっています。
今後の厳格化と企業実務への波及
会計検査院の厳しい指摘(第34条・第36条に基づく要求)を受け、厚生労働省は今後、労働局に対して強制履行を含む厳格な債権回収手順を通達等で明確に指導することになります。これにより、不正受給企業に対する財産の差し押さえ等の法的回収措置が迅速かつ容赦なく実行される体制へと移行します。
法律や制度の改正・経緯と現状の分析
雇用調整助成金は、本来、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が休業手当を支払って雇用を維持した場合に助成される制度です。令和2年1月以降、コロナ特例として支給対象要件の大幅な緩和等の措置が講じられ、さらに緊急雇用安定助成金や休業支援金なども創設されました。これらの特例措置により、令和元年度にはわずか6,401件(支給額約42億円)だった実績が、令和元年度から令和6年度までの累計で約1,352万件(約6兆8,725億円)という天文学的な規模に膨れ上がりました。
迅速な支給が求められた一方で、申請書類の簡素化等に乗じた不正受給が相次いで発生しました。不正受給等の返納金債権の件数も、令和元年度末の1,780件(約62億円)から、令和6年度末には18,814件(約747億円)へと激増しています。労働局長は歳入徴収官として、国の債権の管理等に関する法律(債権管理法)等に基づきこれらの債権を管理する義務を負っていますが、急増した債権に対して現場の人員や対応能力が完全に超過していた現状が伺えます。
会計検査院の指摘内容:不適切な債権管理の全貌
会計検査院が13労働局の現存債権および不納欠損済債権計2,054件(約214億4,100万円)を検査した結果、以下の具体的な不適切事案が判明しました。
納付督励(電話や訪問など)が行われていなかった債権が339件(約21億8,700万円)確認されました。
督促状の送付が行われていなかった債権が994件(約102億200万円)確認されました。
督促状送付後も納付がないのに、強制履行の請求の依頼が行われていなかった債権が119件(約5億2,100万円)確認されました。
時効を更新するための措置が一度も執られていなかった債権が91件(約2億5,700万円)確認されました。
消滅時効が完成したにもかかわらず、不納欠損としての整理が直ちに行われていなかった債権が41件(約2億1,200万円)確認されました。
特に深刻なのは、強制履行の請求が行われていなかった理由として、複数の労働局が「ノウハウがないこと」を挙げている点です。これまで厚生労働本省も、強制履行に関する具体的な手順を示した指導を十分に行っていませんでした。
政府の狙いと今後の動向
この事態を重く見た会計検査院は、会計検査院法第34条(是正改善の処置要求)および第36条(意見表示)に基づき、厚生労働省へ直接メスを入れました。具体的には、以下の対応を強く求めています。
労働局に対し、通達を発出するなどして、納付督励、督促状送付、時効更新措置を適時適切に行うよう改めて指導すること。
消滅時効が完成した場合の不納欠損の整理を直ちに行うよう指導すること。
強制履行の請求の依頼について、具体的な手順等を示した上で、適時適切に行うよう指導すること。
多数の不正受給返納金等債権の債権管理を効率的かつ効果的に行うための方策を十分に検討した上で講ずること。
政府の狙いは明確です。100億円を超える公金の未回収という国民の不信を招く事態を解消し、これまで見過ごされてきた不正受給企業からの強制的な資金回収を徹底することです。
実務上の注意点と今後の見通し/雇用調整助成金
この指摘により、労働局の各種助成金に対する事後対応は間違いなく「厳格化」へと舵を切ります。これまでは人員不足やノウハウ不足で督促が滞っていたケースでも、今後は本省が策定する明確なマニュアル(通達)に基づき、機械的かつ迅速に財産差し押さえ等の「強制履行」に移行する体制が構築されます。
企業実務においては、以下の点に厳重な注意が必要です。
助成金受給の適正性の再確認とペナルティの重さ
労働局の調査により不正受給と認定された場合、受給額の全額返納に加えて、不正受給額の2割に相当する額以下の「損害賠償金債権」も上乗せされて請求されます。意図的な不正は論外ですが、単純な勤怠管理や給与計算のミスに起因する「過誤払」であっても返還が求められます。
労働局からの通知への誠実な対応
万が一、過去の受給に関する調査や返還通知が届いた場合は、決して放置してはなりません。これまでは督促状が届かないケースもあったかもしれませんが、今後は容赦なく時効の更新手続きや強制執行が迅速に行われます。
平時からの適正な労務管理の徹底
助成金の財源は皆様が納める雇用保険料です。今後は雇用調整助成金に限らず、すべての労働保険・社会保険関連の助成金において、事後調査や資金回収が厳格化されます。正しい就業規則の整備、正確な勤怠打刻、労働関係法令に完全に準拠した給与計算という「労務管理の基本」を徹底することこそが、企業を守る唯一の防衛策となります。
国は公金の未回収に対して本気で回収に乗り出します。「今まで指摘されなかったから大丈夫だろう」という認識はもはや通用しません。自社の労務管理や過去の申請内容に少しでも不安がある場合は、専門家による労務監査を受け、早期の課題解決を図ることを強く推奨いたします。
*雇用調整助成金等に係る不正受給返納金等債権の債権管理について(会計検査院)
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