【週刊文春から取材を受けた社会保険労務士が解説】USJの「名ばかり業務委託」問題に潜む法的リスク:社労士の視点で読み解く労働者性とフリーランス新法


近年、多様な働き方が推進される一方で、企業と働き手との間の契約形態を巡るトラブルが急増しています。直近でも、USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)において、新アトラクションに出演する方の報酬が1日1万3000円でありながら、拘束時間が12時間前後に及ぶ可能性があるという報道がなされ、大きな波紋を呼んでいます。
これを時給換算すると約1083円となり、事業所が所在する大阪府の最低賃金(1177円)を下回る計算になります。この働き手は「業務委託契約」を結んでいるとされていますが、社会保険労務士(社労士)の視点から見ると、単なる「報酬の低さ」にとどまらない、企業経営を根底から揺るがす重大な法的リスクを内包しています。
本記事では、USJの事例を端緒として、特定社会保険労務士が3つの視点から現在の労働法制を読み解き、法改正の経緯や政府の狙い、そして企業が今後どのように実務を見直し、コンプライアンスを確立していくべきか、その見通しを深く解説します。
1.実態に基づく「労働者性」の判断と労働基準法等の適用
企業が働き手と「業務委託契約」を締結していても、実態が「労働者」であると法的に判断された場合、その契約名称にかかわらず労働基準法や最低賃金法などの労働関係法令が全面的に適用されます。これを実務上「名ばかり業務委託」と呼び、現在、厚生労働省や労働基準監督署が最も厳しく監視している領域の一つです。
労働者性を判断する基準
労働基準法第9条における「労働者」に該当するかどうかは、書面上の契約名ではなく、主に使用者の「指揮命令下にあるか(使用従属性)」という観点から総合的に判断されます。具体的には以下の要素が重視されます。
仕事の依頼への諾否の自由:業務の依頼やシフトの指定に対して、働き手が自由に断ることができるか。
業務遂行上の指揮監督:業務の内容や遂行方法について、使用者から具体的な指示や命令を受けているか。
時間的・場所的拘束性:勤務する時間帯や働く場所が指定され、管理されているか。
USJの出演者のように、出演時間や場所が厳格に指定され、さらに演技の細部やリハーサルに至るまで具体的な指示を受けている場合、業務遂行上の指揮命令下にあると評価される可能性が極めて高くなります。また、業務に不可欠な準備時間や待機時間も「労働時間」として算入されるのが判例の確立したルールです。
実務上の注意点と未払い賃金のリスク
実態が労働者であると認定された場合、企業は最低賃金法に基づく賃金や、労働基準法に基づく時間外割増賃金(残業代)を支払う義務を負います。USJの事例のように12時間拘束であれば、法定労働時間(1日8時間)を超える4時間については、25%以上の割増賃金が発生します。これらを適正に支払っていなければ、過去に遡って未払い賃金を請求される莫大な金銭的リスクが生じます。企業は「契約書にサインをもらっているから適法」という認識を改め、社会保険労務士などの専門家を交えて実際の働き方を客観的に点検する必要があります。
2.「フリーランス新法」の施行と優越的地位の濫用防止
仮に、働き方の実態が労働者に該当せず、適法な「業務委託」であったとしても、企業側に法的リスクがないわけではありません。ここで重要になるのが、2024年11月に施行される「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(通称:フリーランス新法)」および独占禁止法です。
法整備の経緯と政府の狙い 近年、組織に属さず個人として業務を受託する働き方が増加していますが、発注側の企業との間には交渉力や情報量に圧倒的な格差が存在します。この格差を背景に、報酬の不当な減額や著しく低い報酬額の設定など、個人側が不利益を被る事例が社会問題化しました。政府はこうした不公正な取引を是正し、個人が事業者として安定的に働ける環境を整備するため、フリーランス新法を制定しました。
買いたたきの禁止と公序良俗の観点 フリーランス新法や独占禁止法(優越的地位の濫用)では、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用し、正常な商慣習に照らして不当に低い報酬額を定める行為を禁じています。USJのケースのように、実質的な拘束時間に見合わない著しく低額な報酬を一方的に決定し、それを働き手に押し付ける行為は、公正取引委員会のガイドラインに照らしても実質的な「買いたたき」として違法と判断される可能性が高いと言えます。
さらに、民法第90条では「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」と定められています。「有名なテーマパークに出演したい」「仕事を失いたくない」という個人の立場の弱さにつけ込み、到底生活を維持できないような極端に不当な報酬額を強制する契約は、公序良俗に反する暴利行為として、契約そのものが法的に無効とされる余地すらあります。
3.企業の課題解決と今後のコンプライアンス体制の見通し/USJパフォーマー問題
労働法制の厳格化やフリーランス保護の潮流は、今後さらに加速していくことが予想されます。企業が持続的に成長するためには、古い慣習や「業界の常識」から脱却し、適正な契約形態と就業環境を整備することが急務です。社会保険労務士の立場から、企業が取り組むべき実務上の解決策を提示します。
実態と契約の不一致を解消する(労務監査の実施)
企業がまず取り組むべきは、現在「業務委託」として就業している人材の働き方の実態調査です。指揮命令の度合いや時間的拘束の有無を社会保険労務士等の第三者の目で客観的に評価し、実態が「労働者」であれば、速やかに雇用契約(正社員、契約社員、アルバイトなど)へ切り替える必要があります。労働契約への切り替えに伴い、社会保険料の事業者負担や有給休暇の付与など、短期的には経費の増加が見込まれます。しかし、USJのように報道によって違法な労務管理が発覚した際のブランド毀損や、未払い賃金請求の訴訟リスクに比べれば、はるかに安価で確実な投資と言えます。
適正な対価の設定と対等な協議
業務委託契約を継続する場合であっても、報酬額の決定プロセスを見直す必要があります。最低賃金や同業他社の水準、業務に必要とされる技能や実質的な拘束時間を考慮し、合理的な算定根拠に基づく対価を設定しなければなりません。また、契約の更新や報酬の改定にあたっては、発注者が一方的に通告するのではなく、相手方と十分な協議を行う体制を構築することが、フリーランス新法下での適切な実務対応となります。
政府は、企業に対して「働く人を保護し、適正に処遇する」という社会的責任を強く求めています。法規制の隙間を縫って人件費を不当に抑えようとする手法は、もはや通用しない時代となりました。これからの企業経営においては、適法で公正な労働環境を提供することが、優秀な人材を獲得し、事業を安定的に継続するための必須条件となります。法令遵守を経営の最重要課題と位置づけ、社会保険労務士(社労士)など外部の専門家の知見を積極的に交えながら、強固な労務コンプライアンス体制を再構築していくことが強く求められています。
《バイオハザードのゾンビ役が告発》USJの出演者は最低賃金以下で働いていた!《報酬は交通費込みで1日1.3万円》(文春オンライン/Yahoo!ニュース)
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